基本コンセプト



 ゴーン・ゴーン・ゴーン・・・。
 時計塔から朝を知らせる鐘の音が響いている。
「う、うん・・・。」
 僕は大きく伸びをすると、ゆっくりとベッドから起き上がった。
 チュンチュンという鳥の声が聞こえ、開かれたカーテンからは春の柔らかい陽射しが部屋を暖めている。
 新しい一日の始まりだ。

 ふと僕は妙な違和感に襲われる。
 ルームメイトのナッツの姿が見えないからだ。
 そしてもう一つ。
「何か・・・いつも聞いている鐘の音の回数が一つ多い気がするけど・・・。」
 僕は恐る恐る窓を覗く。窓からは学校の時計塔がよく見える。時計の針は9時をさしていた。
 授業が始まるのは9時10分。学校までの距離は歩いて15分・・・。
「あーっ!」
 一瞬凍りついた後、僕は奇声を上げて身支度を始めた。
『起こしても起きないので、先に行っています。−ナッツ・ザ・ミラージュ』
 という友の置き手紙さえ読むヒマもないくらいに。

 僕の名はファントム・ウインド。14歳。
 フロス島から、ダナリアのこの学校に留学したんだ。
 故郷には三つ年上の美人な姉さんと、同じく三つ年下のおてんばな妹がいる。
 特に僕の姉さんは、弟の僕から見ても綺麗で、強くて、聡明な神官戦士なんだ。両親が死んだとき、小さかった僕達を姉さんはその細い手で育ててくれた。
 だから、今度は僕が姉さんを助け、守れるような戦士になるために僕はこの学校へ入学したんだ。
 それが・・・

−財団法人冒険者ギルド付属 学校法人王立魔法学園“アリシエル”−

 全寮制の冒険者育成学校で、僕ももちろんこの寮で寝泊りしている。
 あ、ダナリアに住んでいる人は、自宅からの登校も許されているけれど。
 寮は二人一部屋で、トイレ、食堂は共用。バスは近くの銭湯を使っている。

 町並みをダッシュで駆け抜ける。左右には白亜の壁の家や店が建ち並ぶ。道は石畳。
 食物屋が集中しているシエスタ通りを北上、噴水のある北広場で左に折れて学生街へ。
 街は、もうすぐ迎えるアーリス王女の12歳の誕生日で、お祭り気分に包まれている。
 ・・・もともとこの街は年がら年中お祭り騒ぎなのだけど・・・。
 学生街の先には、”アリシエル”の正門が小さく見える。もう少しだ。時計塔の針は9時6分。

 僕らの住んでいる街は、経度の低い暖かな南海に面している港町だ。それだけじゃなく、街中には水路が幾つも連なっている。
 この街では、水路も重要な輸送の手段だ。この街は、この街の人々の生活は、水とは切っても切り離せない。
 だからこそ、この都はこう呼ばれている。

水の王都 ダナリア−


 やや起伏のある、白を基調とする街並み。陽気で活発な、けれど時折のんびりと気だるい空気。そして、向こうに見える蒼い海。
 そんな街に今、僕らは住んでいる。

「おはよう、ファントム。」
「げ・・・。」
 校門前には、腕を組んだ少女が笑顔で立っている。濃紺のブレザーは、風紀委員会の制服だ。
 少女の名前はエリザベス。僕より一歳年上の上級生だ。一学年100人のこの学校で、下級生の僕の名前を知っているってことは・・・。
 有名なのだろう、僕は。遅刻の常習者として。ブラックリストに載っているのかもしれない。
 エリザベス−ベス−は、「魔術学部」の「召喚魔法学科」に所属している。ブックバンドでまとめた本と、サークル活動で使っている竪琴のケースが、少し重そうだ。
 ちなみに僕は「武術学部」の「剣術学科」。
 学部は上記の二つのみ。直接戦闘と魔法しか習えないかというと、そうじゃない。
 学科は細かく分けられているし、サークル活動だって活発だ。
 武術学部なら剣士、傭兵、騎士、格闘家、アーチャー。魔術学部だと精霊魔法から、神聖魔法、召喚師に幻術師、果ては魔法少女までなれるらしい。
 学科をまたがって授業を取ったり、サークルに入れば魔法戦士なんてものなれたりする。
 ・・・もっとも、全部「卵」なんだけどね・・・。 
 ちなみに僕だって「神聖魔法学科」も取得している。神官戦士になるためだ。

 残りは一分。大丈夫、まだ間に合う。
 と・・・。
 校門の直前で、僕の足がロープにひっかかり、逆さに吊り下げられた。
 くすっ、とベスが笑う。
「なに・・・このロープ・・・?」
 僕の額にはかなり深く青筋が刻まれていたと思うけれど、声はなぜか穏やかだった。
 姉さんの影響だろうか?僕は年上の女性に、全くといっていいほど抵抗できない体質になっていたらしい。
「罠。」
 ベスはさらりと言ってのける。
「仕掛けるかふつー!?」
「あら、冒険者たるもの、いつでも冷静に状況を判断し、罠を回避するのが常識じゃありません?」
「・・・。」
 僕は話す気力がなくなってしまった。
 既に授業開始の鐘は鳴りきってしまったからだ。
「遅刻・・・ですね。これで一週間連続。」
 ベスはちょっと楽しそうに、名簿に何か書き込んでいる。
「実はね、課外演習の依頼が一つ、学務課に持ち込まれたの。ちょっとやっかいでね、やってくれる生徒が見つからないの。でも依頼主がある先生で・・・。というわけで、人員確保の任務がウチにまわってきたの。」
 僕は足からロープを外し、コソコソとこの場を離れようとする。
 が、彼女は一枚上手で、すでに笑顔で、僕の前に立ちはだかっていた。
「いい話じゃない?この課外授業を成功させれば、今までの遅刻がチャラになるのよ?」
「それは・・・僕に、遠まわしで『アリシアン・ナイツ』(美姫の騎士達)をやれってことですよね。」
「遠まわしじゃなくてもそうだけど。」
「・・・。
 わかりました。美姫様の名にかけて、その課外授業、受けさせてもらいます。」

 生徒たちは学校の授業だけをこなしていればいいわけではないんだ。
 冒険はアクシデントの連続。いくら優れた技術や知識を身に付けたとしても、実戦で活用できなければ意味はないだろう?それを授業でカバーするのははっきり言って無理。
 そこで学校が取り入れたのが、「課外演習」制度。この学校を支援する冒険者ギルドには、毎日結構な数の依頼が飛び込んでくる。
 ギルドはそんな依頼の中から比較的難度が低い(と思われる)ものをピックアップし、学校に持ち込まれる。学校はその依頼を校内の掲示板に張り出し、それを見て志願した生徒を、依頼先に派遣するんだ。
 そんな生徒たちは世間で、「アリシアン・ナイツ」(女性の場合は「アリシアン・エンジェル」)と呼ばれている。
 都でもっとも敬愛されている(それはもはや「アイドル」と言っても過言ではないだろう)、「アーリス王女」の名前を冠するこの学園とこの部隊名は、依頼主からも評判はいい。本人達も愛すべき王女の名を汚すわけにはいかないから、一生懸命頑張るわけで、いつのまにか「美姫様の名にかけて」が彼らの共通語になってしまった。
 僕はその慣例にしたがって、そう言っただけなんだ。だって、アーリス姫は妹とひとつくらいしか違わない年齢。わがままで手の焼ける妹を、どうしてもイメージしてしまう。だったら・・・。

(こういう時に、アーリスの名は役に立つわね。)
 ベスが小声でそう言ったのを、僕は聞き逃さなかった。確かに、普通の人間が美姫様の名前を出されたら、喜んで依頼を受けるだろう。でも僕は・・・。
「僕はどっちかっていうと、アーリス姫よりも、その姉姫様の“ミリーエント姫”の名のもとに、この仕事を受けたいんだけどな・・・。」
「・・・。」
「どうした?顔が赤いけど?」
「べ、別に何でもないわ。・・・わかった。じゃあファントム・ウインド、あなたに、ミリーエントの名のもとに、この仕事を依頼します。」
「何でベスがそんなこと勝手に決めるんだよ?」
「い、いいでしょ!別に。後で依頼の詳細を説明しますから、放課後学務課まで来てくださいね。」
 ベスは何か怒ったような、それでいて何か嬉しそうな、よくわからない表情でその場を去っていった。

 うん・・・久々の冒険だ。僕は顔では嫌がっていたけれど、心ではどんな依頼かと期待でドキドキしていた。知り合った仲間と、未知の世界の、不可思議な事件を解決したい。
 それはこの学校に入学した冒険者みんなが思っていることだろう。

 でもこの事件が、まさか学校の、いや、ダナリアの存続に関わる事件に発展しようとは・・・。
 今の僕には考えもしなかったんだ・・・。



 ・・・以上、物語はこのような雰囲気で進められていきます。「ノリが主体の学園・ライトファンタジーもの」。
 それがこの「アリシアン・ナイツ」のコンセプトです。
 あ、これはあくまで物語の例です。これがプロローグではありませんから。

 それではこの物語舞台の、背景世界を一望してみることにしましょう。

 

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