「よう、大胆不敵だな。あんたはいつも。」
「ひっ!」
突然投げかけられた背後からの言葉に、レィリィは心臓が飛び上がる程びっくりしたものの、何とか悲鳴を押し殺し、恐る恐る後ろを振り向いた。
「あ、あ、あ・・・。」
少女の口からは言葉が出なかった。予想だにもしなかった場所で、予想もしなかった人物に再会できたのだ。そしてその出会いは絶望ではない。歓喜の出会いだった。だってその人物とは、彼女にとって忘れられない、大切な思い出を共有した相手・・・。
「ダースお兄ちゃんっ!!」
レィリィが抱きついた先には、困ったように頭をかく青年、ダース・ルッセが立っていたから・・・。
F:カフェ「リーベライ」
「リファ、リファ、リファ。何かボク宛に手紙が来てるよ。しかもファーレンの皇室からの直々の要請だよ。」
リーベライ・ルートは大きな皇室のマークが押印されている手紙を持ってくる。それにはでかでかと「召喚状」の三文字が綺麗な字で書かれてあった。
「手紙って、リーベライ宛の手紙なんでしょ?別にあたしに報告しなくてもいいんじゃない?」
「で、でも、一緒に見ようよ。お互い隠し事は無しがいいもん。」
リーベライはカウンターに手紙を広げ、奥で食器を洗っていたリファ・ロウを呼ぶ。
ここは門前都市アル・ロークにある喫茶店「リーベライ」。同じフロス島にある神聖都市「エル・ローク」とは隣同士だ。
さすがに時期が時期だけに、お客さんは少ない。というか、度重なるMGの襲来で、お客さん達はとっくに避難しているのであるが・・・。
今もこの店にいるお客さんは、いかつい朱色の仮面を被った長身の男と、不思議な雰囲気を纏った少女だけである。
少女はいいとしても、余りにも異様な仮面の男を、リーベライはちょっと怖がっていた。五年前の戦いで知り合ったリンチュウさんの友人、という肩書きがなかったら、彼女はそのまま男を店にいれなかったかも知れない。
だって可愛い飾りつけ(少女趣味・・・というか、リファの趣味なのだが)の店内に、彼の姿はどう見てもミスマッチなのだから。
「ふふっ、ジオス様。ここのケーキ美味しいですよぉ。お食べにならないのですか?」
そんなリーベライの気持ちも知らず、仮面の男と一緒にいる少女は幸せそうな顔でケーキを頬張っている。
「シリルよ。俺たちは何をしにここに来ているのかわかっているのか?」
仮面の下から男のくぐもった声が聞こえる。
「はい。リンチュウ様に、ジオス様の刀の修理と、私の武器を作ってもらうためですわ。」
「ならばここで時間を潰している理由はないと思うが・・・。」
ジオスと呼ばれた仮面の男(ジオス・クーガ)は、周りを気にしながらそう小さくシリルと呼ぶ少女(シルエスティア・オブデロード)に問うた。どうやら本人も、自分が場違いであることを自覚しているようだ。
「あら、心に余裕がなければ精神修行はできない、とおっしゃったのはジオス様でしょう?どうせ次の次元渡航までは時間があるのでしょう?でしたら・・・。」
「次元渡航?」
二人の話をちょこちょこと盗み聞きしていたリーベライだが、聞き慣れない言葉に、思わず口からその言葉が出てしまった。
「どうしたの、リーベライ。手紙を読むのではなくて?」
「あ、ごめん。でもこれって・・・。」
それは表題どおり完全なファーレンよりの召喚状であった。ファーレンは先のアライアンス降臨戦争(第二次ミスト大戦)で活躍した英雄達に、再び助けを求めたのである。
これはもちろんリーベライだけではなく、同じフロス島ではブレイクや聖花騎士団の騎士達、リンチュウなども受け取っている。ま、リンチュウは「自分の仕事が忙しい」と言って蹴ったらしいが。
もちろん正義感の強いリーベライがこれを断るはずがない。しかし、それは今まで築き上げてきた、リファと一緒に喫茶店を経営するという幸せな時間を放棄することとなるのだ。そんな辛い決断は・・・。
「何悩んでいるのよ?そういうの、らしくないんじゃない?」
申し訳なさそうな顔をしているリーベライを見て、リファはため息をつく。
「でも・・・リファと離れるのは嫌だよ・・・。」
「誰が離れるって?一緒に行きましょ。あたしもいろいろお世話になったしね。借りを返すいいチャンスだわ。 もちろんアイロスに対しても・・・ね。」
リファは不敵な笑みを浮かべている。
「そんな・・・リファはブレイカーを持ってないんだよ。危険だよっ!」
「あたしが・・・誰かわかっている?」
「うっ・・・。」
リファから強大な魔力が流出してくる。思わずあとずさるリーベライ。
「ジオス様・・・。」
「ほう・・・。」
ジオス達も彼女から流れ出るマナに感嘆する。
「人柱の種族」の面目躍如である。
「あたしには魔法があるの。足手まといにはならないと思うけどね。」
リファはそう言ってウインクをする。
突然街の半鐘が鳴り響く。MGの襲撃だ。
大陸のほとんどを制圧したアイロス軍であるが、皇都とここ、フロス島だけは陥落するには至っていない。よってMGの執拗な攻撃が定期的に行われているのである。
「この店は潰させないっ!」
リーベライが自分のMGブレイカー「ストーム・バインド」を持って飛び出す。
既に数体のMGがアル・ロークに降りてきている。彼女は弓形のストーム・バインドの弦を引き、一体のMGに狙いを定める・・・が・・・。
「えっ!?」
一筋の光がきらめいた直後、MGは真っ二つに切断された。
「ほほぅ、リンチュウめ、なかなか良い刀を代刀にしてくれたな。」
そこには青い輝きを持つ刀を構えたジオスが立っていた。
続けざまに二体目のMGの料理に取りかかるジオス。
「どうやら良い暇つぶしに出会えたようだな。」
次々にMGを撃破していくジオスの仮面は、心なしか笑っているようにリーベライには見えた・・・。
G:再び巨大戦艦「E.G.O」
「とりあえず昔のよしみで今回は見逃してやるが、次はないと思うんだな。」
抱きつくレィリィをゆっくり抱き上げるダース。
「俺がいなかったら、いくら子供だって銃殺だったぞ。」
確かにダースによって殴り倒された通信兵達の腰には銃が収められていた。
「でもこのシチュエーションって、五年前と同じだね。」
懐かしそうにレィリィは五年前出会いを思い出す。
「ああ。違うのは・・・お互いの立場かな・・・。」
「立場?」
「そう。あの時は俺もあんたもフリーだった。でも今は違う。
あんたはファーレン、俺は・・・フィネンスだ。」
ダースは裏の通路から彼女をMG格納庫に連れていく。
「そんな・・・。リンネお姉ちゃんはファーレンのお姫様だった人なんだよ。何で敵対するの!?」
「別れたからだよ・・・。」
「あ・・・。」
そこから先をレィリィは言えなかった。さすがの彼女だって、その先を聞いてはいけないことぐらいわかっている。
ダースはレィリィをMGの射出口まで連れてきた。目の前に雲海が広がっている。風も強い。
「エルン!」
少女は叫ぶ。間もなく一体のドラゴンが彼女の元まで飛んでくる。
エルンといって、レィリィが五年前拾ったはぐれドラゴンの子供である。
少女はそのドラゴンの背中に乗ると、再び見送るダースを見つめる。
「ほんとに戦わなくちゃいけないの・・・?」
「さあな。ただ、自分の身体は大事にしろよ。前にも言ったと思うが、あんたの歌はファーレンの切り札になりえるんだ。自分一人の身体じゃないんだからな。」
「うん・・・。お兄ちゃんも身体、気をつけてね。」
レィリィはゆっくりと「E.G.O」から離れ、ピウムに進路をとる。次の目的はわかっている。
「えーと、このディスクをゲルハルトかウィンターなんとかって人に渡せって、シズカさんに言われたけど・・・ピウムにいっるかなぁ・・・。」
H:戦闘直前会議
ピウムにはブレイク達フロス島の陣営も到着し、最終の調整がされようとしている。
その会議を遠くからうかがう女性の姿があった。
「どこが総督府なのかしら・・・。」
きょろきょろと周りを気にする女性。彼女はエンジェル・テンプリース。フィネンス側のミストブレイカーズだ。
彼女は憂黒天、ヒカミ・ステルスの命で一足早くピウムに入り、偵察をしているのである。もちろん前大戦の英雄の一人という肩書きも一役かっている。
そんな彼女の視線の先に、ミストの整備をする少年と少女の姿があった。
「きゃっ!」
ルーの小さい悲鳴と共に、そばにいたヒューズは油まみれになる。
「・・・。」
「あ、ごめんなさいですぅ・・・。」
少女、ルーは自分のミスト「ヴィスペルタル」のオイル交換をしていたのである。が、思わず手がすべってしまい、オイル満載の缶がヒューズの頭に・・・。
「もう、整備なら僕がするから。ルーはおとなしくしてて!」
「・・・はぁい・・・。」
「こらこら、女の子をそんなに邪険に扱うものじゃないわ。」
そんな二人を見かねて、エンジェルが二人の間に入る。
「・・・お姉さんは・・・?」
「エンジェルって呼んで。ほらほら、油まみれじゃない。」
彼女はヒューズの顔を拭いてあげる。
「これは洗わないと全然落ちないわね。お風呂で洗ってあげるわ。一緒に入りましょ?」
「えっ・・・そ、そんな、僕、一人で洗ってきますっ!」
ヒューズは逃げるようにその場から去っていった。
「ありゃりゃ、ちょっとからかったつもりだったのに・・・。ま、いいわ。ねぇ、そこのあなた?」
「はぁい、私ですかぁ?」
「ピウム総督府ってどこかしら?」
「えっとぉ・・・あの辺りじゃないでしょうかぁ・・・。」
ルーは曖昧そうな顔で、向こうにある建物を指さす。
「なるほど、あれか・・・。」
その総督府では、今度はフロス島の面々を迎え、新たなる作戦会議が始まっていた。「会議は踊る」とはよく言ったものである。
「さてさて、来たなりで申し訳ないんだけど、現在の状況を教えてもらえる?」
そして会議を仕切っていたのは、ピウム側のフォリントでも、フロス島側のブレイクでも、ファーレン側のミカエルでもなかった。
「あたしはリファよ。言ってはおくけど、ブレイカーは使えないし、ミストだってB級にしか乗れないんだから。」
「で、でもね、だからって役立たずって言うと、そんなことはないよ。絶対、ボクなんかよりずっとずっと強いんだから。」
勝手に話を進めるリファを、リーベライは必死にフォローする。
「実力ならすぐに見せてあげられるでしょう?まぁ、人の足りていない所に行かせてもらうわ。・・・それでいいでしょ、指揮官さん?」
そう言ってリファはフォリントに笑みを見せる。
「あ、ああ・・・。」
「じゃ、勝手にやらせてもらうわ。」
そう言って彼女はリーベライを連れて会議室から出ていく。
「あっ、そうそう、言い忘れるところだったわ。」
急にリファは方向転換し、リーベライを抱き寄せる。
「リーベライに手を出したら、命の保証は無いと思いなさい!」
そして二人は彼らの前で、熱い抱擁を見せつける。いきなり唇を奪われたリーベライは、真っ赤になってリファの胸に顔をうずめた。
「うう・・嬉しいけど・・・死んじゃいたい(恥ずかしくて)・・・。」
「なるほど、ここね。」
エンジェルはここが総督府だと確認すると、懐から小さな発信機を取り出す。
フィネンス製で、電波というマイクロウェーブを発信する機械である。
そこから放たれた電波が、遙か遠方で待機する「E.G.O」の受信機にキャッチされる。
「ヒカミ様、エンジェルからのマイクロウェーブをキャッチいたしました。」
通信兵が画面に大写しにされたピウムの地図に、一つの点滅する光点が映し出された。
「なるほど、そこがイーラの重要人物が集まっている場所か・・・。
アグリアス!」
「・・・ここに。」
ヒカミはアグリアス・ローレイズを呼ぶ。
「アウトレンジからの光撃で、この地点へピンポイントで命中させることはできるか?」
「まだ実験段階で何とも言えませんが・・・私のMG、『B.A.ライオネス=H』を使って何とかしてみます。」
「急いで準備してくれ。」
「はい。」
「つまり、ミスト隊を囮部隊と奇襲部隊に分け、攻撃と迎撃に出撃してもらいます。」
リファ達が出ていった後で、ゲオルグはミカエルやブレイク達に作戦を提案する。
「しかし、問題は・・・。」
「核攻撃・・・か。」
そこで沈黙が訪れる。核を意識した戦いをするとなると、どうしても防御的にならざるを得ない。
「しかし・・・。」
そうフォリントが発言しようとした途端、
という地響きと、激しい衝撃が総督府を襲った。会議に出席していた人々も、態勢を崩して椅子から倒れ落ちる。その後聞こえてくる外の悲鳴、驚きの叫び・・・。
「外だ、フォリント!」
レアールが直ぐさま起き上がり、飛び出す。
「これは・・・。」
後から表へ出たミカエルも、広場の状況を見て絶句した。
ミスト部隊が大多数待機していた広場に、巨大なクレーターが出来上がっていたからだ。そしてそこにいたミストの存在は、完全に消滅していた。
総督府から数十メートルも離れていない。一歩間違えれば、自分たちが灰になっていただろう。
・・・もちろん敵は彼らを狙っていたのだが。
「ブレイクっ!」
「シャオメイさん、これはいったい・・・うわっ!」
ブレイクは駆け寄ってきたリン・シャオメイに事情を聞こうとしたが、いきなり抱きつかれる。
「よかった・・・。いきなり光の柱が総督府の方で上って、それから凄い音がしてきたから・・・よかった・・・。」
そこから彼女の声は泣き声に変わってしまったため、それ以上の情報は得られなかった。
「ブレイクさん、敵からの砲撃だよ!」
既に自分のミスト「ターヒール」を着装しているミラ・カタロニアが現在の状況を説明する。
「馬鹿な・・・。まだ敵の巨大戦艦はこちらの射程範囲外だぞ。」
「ちっ・・・こちらの戦力が整わない内に・・・。しようがない。今現在動けるミストは直ぐさま迎撃に出るんだ!」
フォリントが苦々しく号令する。
「くっ、先手を打たれるとは・・・。」
「はいはい、気落ちしてる場合じゃないでしょ。フォリント。」
リファはそう言うよりも早く、呪文の詠唱に入る。
「エネルギー・フィールド!」
そう叫ぶと同時に、青いカーテンのようなオーロラがピウムの街全体を包み込む。
「凄いな。よくこの歳でこれほどの魔力とマナを操れるものだ。」
「レアール、感心してないで手伝いなさいよ。」
「あ、ああ。」
ピウム最強の魔導師も、リファの態度の大きさにはかなわない。
「いい、ミラ?ミストランナー全員に伝えて。このエネルギー・フィールドが止められる砲撃は一発が限度。だから敵艦の二発目が発射される前に、何とかあの巨大戦艦を墜落とすのよ!」
「おうさっ!」
ミラは伝令に飛び立っていった。
「アバター、ミストを起動させるよ。敵の先制攻撃だ!」
「わかっている、ヒューズ。既にいつでも動けるわ。」
「ルー、君はまだ出撃するには危険だ・・・ってルー?」
「うるさいっ!戦う前の俺様に話しかけるんじゃない!気が散るだろうが!」
「あ・・・はい。」
さっきまでの穏やかな彼女の急変ぶりに、ヒューズは一瞬黙り込む。
「・・・そうだった。ルーはミストを着装すると性格が変わっちゃうんだったな・・・。
とりあえず、一人で突っ走んないようフォローしとかなきゃ・・・。」
ルーのミスト「ヴィスペルタル」を追って、「セラ・アバター」が羽を広げた。
I:戦闘開始
「くっ、外してしまった・・・。」
自分のMG「B.A.ライオネス=H」の中で、アグリアスは悔しがった。それでもこの超々遠方からの砲撃で、あれほどの的中率を誇ったのだから胸を張ってもいいくらいだ。
この長距離攻撃ができたのも、このMGがあってこそなのだから。
このMG「ライオネス」には「リモート・デバイス・システム(R.D.S)が装備されている。この能力で成層圏外にある反射衛星を動かしているのだ。
まず、ライオネスのジェネレーターを戦艦に繋ぎ、膨大なエネルギーを取得する。そしてそのエネルギーを両肩のレーザー発射口から射出するのだ。
レーザーは一旦、反射衛星に中継される。ここでターゲットへの調整なされ、先程のような遠距離からの的確な砲撃が可能なのである。
一回目の砲撃を外したことを知ったヒカミは(それでも多数の待機中ミストを破壊したのだが)、直ぐさま状況をレーダー班に尋ねる。
「敵の反応はどうだ?」
「敵機多数、我が艦に向かってきます。
最前に狼型のミスト。その後ろにセラ・タイプのミストが追随しています。」
「その耳障りな名前は使うな。アバター・タイプと言え。・・・にしてもファーレンめ、セラ伝説さえ利用するか・・・。確かに天帝が着装したミストなら、ファーレン軍のシンボルにもなりえるからな・・・。」
そこまで考え、ヒカミは次にアグリアスに回線をとる。
「アグリアス、二発目は発射できるのか?」
「ダメです。ジェネレーターに大幅なエネルギーが供給されたため、電装部品が一つ、焼き切れてしまっています。」
「そうか・・・。しようがない。白兵戦は出来る限り避けたかったが・・・。 MG隊を迎撃に出せっ!」
「了解しました。」
通信兵が艦内に放送をかける。それと同時にエマージェンシーのサイレンが響く。
「アクア1から各機へ。40度の方角より敵機が接近しています。各自各々の判断で迎撃行動に移ってください。」
「やっと俺たちの番ってとこか。」
アーウィンはMGの中で一旦息をつくと、部下の傭兵達に通信を送る。
「アポーツリーダーより各機へ。これよりアポーツ小隊は迎撃と攻撃行動に入る。いいか、雑魚は無視しろ。S級ミストだけに注意し、速やかに総督府を制圧するのだ。」
全機から「了解」の通信が入る。
「よし、アポーツ小隊出撃っ!」
「アバター、まだなの?まだランチャーは使えないのっ!?」
「焦らないでヒューズ、ここから撃ってもエネルギーが消散してしまって十分なダメージをあの戦艦に与えられないわ。」
「でもこのままじゃあ・・・きたぁっ!!」
前方から高速で接近するMGがある。アーウィンのMGだ。その後ろからも続々とMGが出撃してくる。
「フフッ、よりどりみどり・・・。」
ルーは嬉々として敵の大軍に突っ込んでいった。
「よう、あんたも十黒天とかいう奴の一人なんだろ?戦いに出ないのか?」
これから出撃しようとするダースは、一人格納庫で待機している男に声をかける。
派手な青年である。髪も染めているし、シルバーアクセサリも身体中に光らせている。
確か十黒天の一人「慟黒天のオッド・アイ」とヒカミに紹介された男だと、ダースは覚えている。
「フッ、俺は好きなように戦うのさ。出番が来たら俺もでる。」
彼は手に持っている弦のついたものを見せる。
「なるほど、ミストブレイカーを持っているわけか。確かに、ウチらの最後の切り札だな。」
「うわー・・・何か凄いことになってるなぁ・・・。」
フェザーリトルドラゴン「エルン」の背中に乗ってピウムに到着したレィリィは、次々飛び立っていくミストを見て、感嘆の声を上げた。
「あっと、それどころじゃないよね。総督府ってトコに行かなくちゃ。」
彼女はディスクを持って、ピウムで一番大きな建物、総督府に入っていく。戦時中なので見張りの兵達も戦闘に駆り出され、レィリィは何の咎めも受けず中に入ることができた。
「うーん・・・この街にウィンターさんって人が来ているってシズカ・アークランドさんに教えてもらったけど、ここじゃないのかなぁ・・・。」
二階まで上って見たものの、入った部屋はがらんとしていたので、つまらなそうに少女は窓を開ける。
と、突然下の庭から聞き覚えのある声が聞こえてきた。さっきに続いて、またも懐かしい声。
「あれは・・・皇女様っ!」
「そうですか・・・あの妖魔人の男とは別れたのですか・・・。」
「ええ、あの人はやはりグラキア側の人。私とはやはり・・・。」
総督府の庭園をファーレン皇女リンネ・ファナルキアとその弟、ミカエル・ファナルキアは歩いていた。戦闘が始まったため、ミカエルはリンネを避難させようとしているのだ。
神の武具「テンペスト」を持つ彼女は、五年前もアライアンスを粉砕する程の力を持っていた。
しかし今は自由に戦えない理由がある。
「ん・・・。か〜ちゃま・・・?」
「あ、マニ。起きたのね。」
リンネは背負っていた幼女に声をかける。マニという三歳になったばかりの少女、リンネとダースの間に生まれた娘である。
彼女を守るため、リンネは今戦えない状況にあるのだ。
「リンネ様ーっ!!」
突然上空から透き通る声が響く。見上げると、二階の窓から黒髪の少女が落ちてくる。
彼女の長い髪が風に踊った。
「あぶないっ!」
ミカエルは驚いてその少女を受け止めに行く。
が、身軽な少女は猫のようにしなやかに一回転すると、何事もなかったように両足で着地し、ポーズを決める。
「じゃーん☆」
「まぁ、レィリィちゃん。」
「皇女様、お久しぶりです。」
レィリィは一礼をする。
「姉上、この少女と知り合いなのですか?」
いきなり打ち解けている二人に、ミカエルは不審の色を隠せない。
「姉上・・・って、おにいちゃんひょっとしてミカエル様!?」
レィリィは慌てて礼をする。
「この子はレミィ=リジーナ・フォン・リヒター。リヒター家の娘さんですわ。」
「ほぉ、ゲオルグの。」
そう言ってミカエルは苦笑する。なるほど、これほどの闊達な少女であれば、ゲオルグが敢えてレィリィを社交場に連れてこない理由もわかるものだ。
しかしこれほどの美少女を隠し持っていたとは・・・。
「ゲオルグも人が悪いものだ・・・。」
ミカエルはそれだけつぶやいた。
「んー?」
「なっ・・・。」
レィリィがいきなり目の前に来て顔を覗き込んだので、ミカエルは少し驚いて顔を逸らす。
「・・・皇子様、今いらいらしていない?」
「いきなり何を・・・。」
「精霊さん達がよってこなくなってるよ。大変だと思うけど、一人で全部抱え込もうとかって思うの、良くないの。ミストブレイカーズと一緒、ね。・・・これあげる。」
そういうと、少女は何かを放ってよこす。反射的にそれを受け取るミカエル。
「じゃ、あたし探してる人がいるから、またねーっ!」
そう言ってレィリィは嵐のように去っていってしまった。
その場に残されたミカエルは、さっきまでいた少女を思い、ふぅっと息をついた。
彼はふと掌を見る。
小さなキャンディーが一つ、そこにあった。
J:もう一つの戦い
「くっ・・・!」
「リオ様、既に機体の損害は80%を越えています。これ以上の戦闘は命に関わります!」
リオ・サージェルのミスト「トワイライト」は十黒天の一人、冥黒天ケアヴィク・ラシーダのMG「エルヴンロード・シルマリル」に半壊させられていた。パワー、スピード共にシルマリルはトワイライトを上回っているのだ。
「遊んでいるな・・・なぶり殺しでもするように・・・。
トワイライト、何でもいい、あいつに取りついてくれ。」
「了解です、マスター。」
トワイライトは攻撃をかわすのもほどほどに、ただシルマリルを捕まえるために突っ込んでいった。
「ほう、姫様が直々に俺に抱きついてくるとは嬉しいね。」
ケアヴィクはあくまで余裕だ。わざと捕まえられたのかもしれない。
「・・・六花公と十黒天の違いがわかるか?ケアヴィク・・・。」
リオの突然の質問に、ケアヴィクは耳を疑う。
「何っ?何を言っているのだ?」
「格が違うと言っているのだ。所詮十黒天は六花公の一人、黒薔薇公の筆頭の部下達に過ぎない。ただ命令を聞いていればよいのだからな。楽なものだ。」
「ふざけるな!貴様などに・・・。」
「そしてもう一つ。」
間髪入れずにリオは言葉を続ける。と、同時にシルマリルを捕まえたまま、トワイライトは竜型のミスト「アジュラドレイク」に変形する。
「覚悟だよ。」
その竜の口に光が溢れてくる。
「馬鹿な。この至近距離で爆発が起きれば、自分だって被害は免れないのだぞ!」
「だから覚悟が違うと言ったはずだ。『ウェザリング・ダスト』!」
ドレイクのブレスがシルマリルに炸裂する。もちろんその衝撃で、ドレイク自身も吹っ飛ばされる。至近距離で爆発したため、ブレスを吐いた竜の顔もその影響で腐食し、破壊された。
「ぐぅ・・・俺に一瞬でも恐怖を与えるとは・・・許せんっ!」
「なっ・・・あいつ、全然ダメージを受けてへん!?」
爆発の煙が晴れた時、そこには傷一つついていない「シルマリル」の姿があった。
もう一人のリオのアーテイ「ドレイク」も、自らの最強武器を無効化されたため、驚きの色を隠せなかった(可変ミストである「トワイライト」には「トワイライト」時のアーテイ「トワイライト」と「アジュラドレイク」時のアーテイ「ドレイク」の二人が搭載されている)。
「可変MG・・・?」
リオは驚きとも諦めとも違う淡々とした声でそうつぶやく。
なぜなら今のシルマリルの形態は、さっきまでのシャープな印象とは違う、無骨な姿だったからだ。
その言葉を聞いて、ケアヴィクは得意そうに語りはじめる。
「そう。このシルマリルは攻撃形態の『エルヴンロード』と、守備形態の『エルヴンメイジ』に任意に変形できるのだよ。姫さんの必殺武器だって、このエルヴンメイジ形態じゃ、傷一つつけれやしないのさ。」
「・・・。」
リオは黙って彼の言葉を聞いている。
「へへっ、どうやら観念したようだな。コックピットを開けて、その綺麗な顔を見せてくれたら、命は助けてやってもいいぜ。」
ケアヴィクはとどめを刺すべく、ゆっくりとエルヴンロード形態に変形を開始する。
が、不意を突くような高速のスピードで、トワイライトは竜槍スィヴィルをシルマリルの間接にねじ込んだ。
「しまった!」
変形の途中に槍を差し込まれたシルマリルは、どちらともつかないような格好のまま、変形を邪魔されてしまったのだ。
「私も同じ可変ミストを使っているからわかる。可変ミストの最大の弱点は、その変形途中であるとな。」
槍に電流が収束していく。トワイライトには電撃を作り出す能力があるのだ。
「こんな・・・たった一機のS級ミストに・・・俺はやられるのか・・・。馬鹿な!シルマリルはレア機なんだぞ!S級とは格が違うはずなのだっ!」
「それが覚悟の違いということだ。お前は最後まで菫公であった私を見下していた。筆頭にもなれなかった男が、手加減して勝てる相手ではないはずなのに。だから格が違うと言ったのだ。」
「ちくしょぉぉぉぉっ!!」
ケアヴィクは何とか槍を抜こうとするが、それほどの時間をリオは与えてくれなかった。
「エンペラズ・ディグニティ!!」
電撃がシルマリルの中を駆けめぐり、やがて内部からショートしたような爆発が起こり・・・ゆっくりとシルマリルは墜落ちていった。開いたコックピットから、気を失ったケアヴィクが見えた。
「やはりとどめは刺せないのですね・・・。でも、リオ様らしい・・・。」
トワイライトが墜落ちていくシルマリルを見つめ、そう感想を述べた。
「やはり私は、菫公として甘いのでしょうか・・・テフェリー様・・・。」
一度は憧れた上司の名前が、ふと口から洩れた。が、すぐに頭を振り、これからの事を思案する。
「レミエルを・・・何としてでも取り戻さなければ。でも・・・これがあなたの本心なのですか・・・?兄さん・・・。」
満身創痍のトワイライトの中で、リオは聞こえるはずもない質問を、兄、アイロス・シュナイダーに問いかけていた。