男は、空を見上げた。
 美少女のような美しい青年だ。
 彼は目を細め、青空にうっすらと浮かぶ白い月を睨む。
「なぜ干渉する?姉さん・・・。」
 そう彼は叫ぶが、周りには誰もいない。
「それほどまでにこの世界が欲しいのですか?
 でも、あなたをイーラに降臨させはしない。
 月の世界からでもこれだけの影響を与えるあなたがもしこの地に立つのであれば、再びイーラは古代劇場大陸のようにバラバラに砕け散ってしまうだろうから・・・。」
 彼は口に指をあて、何か思案していたのだが、やがて決意したように険しい顔となる。
「再び、彼らの勇気と強い心を借りることになるな。五年前のように・・・。」

 霧幻想 ミストブレイカーズ2
   −MGブレイカーズ−
   第弐話「ピウム攻防戦」

 A:ピウム総督府
 時間は前回の最後から数日前。フィネンス軍がフロス島攻略に失敗した翌日の話である。 緊張感が高まっている。
 それはそうだろう。相手はイーラ最大の兵力を持つファーレンのミスト部隊をことごとく粉砕した相手なのだ。その軍勢が大挙してここ、ピウムに押し寄せてくるのだから苦戦は必至であろう。
 ピウムにはファーレン軍の残存艦隊や、古代ミスト最大の保有地、フロス島からの義勇兵などが集結し、着々と決戦の準備が整いつつあった。

「しかし、戦局は深刻だな・・・。 」
 自ら最前線に赴いたファーレン皇太子「ミカエル・ファナルキア」は、ピウム総督府作戦室で難しそうに腕を組んだ。
「相手の目的がこの島だと分かっている以上、こちらもフロス島からの援軍を含め、戦力を集中させていますが・・・。敵の力が未知数なため、戦力はいくらあっても足りないくらいでしょう。」
 ミカエルの前に座る、ピウム総督「フォリント」がそう現状を報告する。
「こんな時にディルハムがいてくれたなら・・・。」
 「ディルハム」とはフォリントの戦友で、彼らがまだ冒険者だった頃、二人で多くの事件を解決してきたのだ。
 しかし去年、寄る年波に勝てず、静かにその人生を閉じた。この世界で70歳まで生きたのであるから、大往生と言えるだろう。
「だからこそ俺を呼んだのだろう?まぁ、ディルハムの穴を埋められるとは思っていないがな。」
 ディルハムの事でため息をついたフォリントを励ますように、隣の男がそう言葉をかけた。
「レアール・・・。」
 「レアール」は五年前まで、フォリントの達の宿敵であったマスターレベルの魔導士である。魔力に関してはアイロスにひけをとらない程の能力を持っている。
 そんな彼がフォリントの要請を受け、再びピウムに帰ってきたのであった。
 そしてもう一人、頼もしい味方が帰ってくる。
 しかし、その姿は痛々しいものであった。

「すまない、フォリント総督に会わせて頂けないだろうか?」
 総督府の門前に立つ衛兵は、目の前にいる傷だらけの大男と、その後ろにいる難民の如き集団に一瞬驚いたものの、その赤い髪の男の穏やかな口調から一般の者ではないと感じ、彼の名前と身分を尋ねた。
「私は帝国軍少佐、ゲオルグ・フォン・リヒター。アルターの街に配属されていた。残りの者はは私の部下と、アルターから脱出してきた人達だ。」
「あ、あなたが・・・。わかりました。すぐにフォリント様にご報告いたします。」
 いくら衛兵でも、ファーレン軍の頭脳とも呼ばれる彼の名を知らないわけではない。
 アルターの街がフィネンス軍に壊滅させられた時、死亡したと思われていたのだが・・・。

「ゲオルグ、よくぞ戻ってきた。」
 彼が会議室に入ると、ミカエルが待っていたようにそう声をかけた。
 ゲオルグは最敬礼でもってその返答をした。
「申し訳ございません。アルターの街を守ることができませんでした。」
「いや、今はそなたが生きていたことだけで十分だ。しかしその左腕は・・・。」
 ミカエルは彼の左肩から下を悲痛な目で見つめる。なぜならゲオルグの左肩から下、左腕がなかったからである。
「アルターでの戦いで失いました。しかし失うものもありましたが、得るものもありました。これを・・・。」
 そう言って彼は右の手のひらに力を込める。やがてその掌に光が集中し、光の中から一本の巨大な剣が姿を現す。その長さは、長身のゲオルグの遙か上をいっていた。
「その光の剣は・・・まさか・・・。」
 ミカエルは知っている。500年前の、そして五年前の伝説を。

「間違いありません、ミストブレイカーですね。天帝ローク様が動きはじめたに違いありませんわ。」
 突如空間が歪み、光に包まれた二人の美少女が彼らの前に立つ。
 一人は笑顔が美しい純白の乙女、一人は憂いを秘めた漆黒の妖女。
「クローネ!リラ!君達・・・。」
 フォリントが驚きの声を上げる。暁の天使クローネ、月光の妖魔リラ。どちらも城塞都市ピウムの守護神である。
 立場的にはダナリアの守護天使「レイディアント」と変わりはない。しかし、彼女達はこの戦いに不干渉の立場をとっていたはずだ。
「ローク様がミストブレイカーズを招集しはじめたということは、この戦いにローク様は参加するということ。ならば天帝陛下の下僕たる我々天使も、力を貸さずにはいかないでしょうね。」
 クローネはそう彼らに告げると、フォリントの聖剣「ワルキュリエ」に何か呪文をかける。と、直ぐさまワルキュリエはキラキラと光を放ちはじめる。その光はゲオルグのミストブレイカーと遜色ない。
「あなたの剣は、これでフレスト並の魔力を持つようになりました。ミストはおろか、MGとも互角に戦えるでしょう。」
「ありがとう、クローネ。」
 そんなクローネとフォリントのやりとりを、リラは複雑な表情で見ていた。
「私は・・・妖魔だ。ロークに手を貸すことはできない。しかしグラキア様も、五年前アイロスを助けた以来何の動きもしていらっしゃらない・・・。私は、ただ見ていることしかできない・・・。」
「よくってよ、リラ。貴方の立場はわかっていますもの。」
「ありがとうクローネ。しかし私はグラキアに仕えし者。いつお前と袂を分かつかわからんぞ。」
「大丈夫よ。それはそれで昔に戻るだけですもの。」
「そうだな・・・。天使と妖魔が同居する、今の方が異常というわけか・・・。」
 リラはフッと笑みをもらす。その顔は少し寂しそうだった。

「そうか・・・やはりミストブレイカー・・・。」
「今は相手がMGだから、MGブレイカーと言った方がいいでしょうね。」
 ミカエルの呟きに、クローネはそっと囁く。
 束の間、ミカエルは逡巡する。彼は迷信を頭から信じる質ではなかったが、事実から目を逸らすほど頑迷でもなかった。事実MGブレイカーズなら、フィネンスに対して最高の戦力となる。
「・・・卿に命令を与える。ピウム防衛戦に際し、地上軍一部隊を率いよ。」
 そしてやや声を落として付け加えた。
「帰還早々酷なようだが、今は猫の手も借りたい。それがMGブレイカーズとあれば尚更、だ。」
「御心遣い、いたみいります。」
 二人ともに、最早迷いはなかった。深々と、赤毛の軍人は一礼する。

「ふふっ、陛下も動きだしたんだぁ。私も楽しくなりそうだわ。私、闘争は嫌いじゃないから。」
 妖精のような細身のミストの中で、金髪の美女アリノス・ファナルキアは胸がドキドキしているのを感じていた。
 金髪、ファナルキア姓ということで、皇族かと周りに思われているようだが、本人は否定している。曰く「元々この姓はコボルノティウム山脈ではありふれた名前」らしいが・・・。
「陛下ってばまた遊んでるなぁ。陛下自身が出れば、こんな戦争すぐ終わっちゃうのにさ。ね、ケイサ。」
「・・・はい、マスター。」
「くぅぅぅっ。あたし、一度でいいから「マスター」って呼ばれてみたかったのよね。快感ーっ。これこそミストランナーの醍醐味ってものよね。」
 決戦を前にして、全然緊張感のない彼女。
 ある意味、大した性格と言えるんじゃないだろうか。
 いよいよ決戦が始まろうとしていた。だが、決戦の前に他の地域を見てみよう。

 B:フロス島
「ではガイ、行ってきます。」
「頼む。私もできれば行きたいのだが・・・フロス島を無防備にもできないからな。」
 ブレイク・ベルウッド達の旅立ちを、ガイトラッシュ・レイヴンは少し心配な様子で見送る。
 ブレイク達はこれからピウムへ援軍として出発するのである。
 できればガイも行きたかったのであるが、フロス島は大事なファーレンの重要拠点でもあるのだ。離れるわけにもいかない。
 結局、元龍胆騎士団でもあるガイや、元赤薔薇騎士団のサナ・ウェレス、元黒薔薇騎士団のルーファー・デアネーベルら、元神聖騎士団の面々がフロス島の守備任務に着き、元エル・ローク軍(反乱軍)のブレイク達がピウムへ向かうことになったのである。
「アイロス・シュナイダー・・・。」
 ブレイクは彼の姿を思い浮かべる。
「死んだものと思っていたが・・・いや、彼自身が生きていたことは祝福すべき事だけど、彼がしようとしていることは、決してさせてはいけない!
 僕は彼に教えたいんだ。憎悪は新たな憎悪しか生まないということを。」
 彼は新たにピウムへ向かう決意を固める。
「はいはい。まだ戦ってもいないのに、そんなに固くなると疲れるわよ。もっとリラックスしなきゃ。」
 そんなブレイクの両肩を後ろからポンポンと叩く手があった。
 女性だ。黒髪を短く切り揃えており背も高いが、雪のように白い肌と引き締まった細い身体が女性らしさを強調している。
「あ、ありがとう・・・リン。」
 リン・シャオメイはブレイクのそんな言葉を聞いてにっこり微笑む。
 彼女はアライアンス降臨戦争(五年前の戦い)で活躍したミストブレイカーズ、リンチュウ・モウの武器屋で働く看板娘である。
「それから・・・はい、今日のお弁当。」
 リンはごそごそと包みを開き、綺麗な柄のお弁当箱を手渡す。
「気持ちは嬉しいけど・・・僕はこれから・・・。」
「わかっている。ピウムに行くんでしょ?私も行くから安心して。食事には困らないから。」
「え!?きみも行くのか?」
「見て。」
 リンはその手から紐状の物体を取り出す。
「私の身体から出てきた武器、MGブレイカーよ。これで私を置いていく必要はなくなったでしょ?重要な戦力なんだから。」
「うん・・・。」
 ブレイクは渋々同意した。これでブレイクと一緒にピウムに行けることになったリンは、内心飛び上がりたいほど喜んでいた。
 リンとブレイクは恋人同士なのである。でも奥手で色恋が苦手のリンと、朴念仁のブレイクでは恋愛も思うように進まず、周りをやきもきさせていた。
 ま、その一人がガイであるのだが。

 そしてミストと別れた五年前の勇者達も、再びこのフロス島へと集まってくる。
「やはり無理だったか・・・。」
「そうでござるな。五年間の間に、厚い泥の層が積もっているでござるから、発掘には時間がかかるでござるな。」
 フロス島の砂浜で、二人の男が何か話していた。表情から見るに、かなり深刻そうである。
「あ、あれは・・・。」
 そんな二人をエル・ロークの戦巫女、ミラ・カタロニアは発見する。
「バティックさん!シュウスイさん!お久しぶりですっ!」
「おおっ、ミラ殿でござるか。」
 名前を呼ばれ、シュウスイ・ロケイトが懐かしそうに彼女の名前を呼ぶ。
「五年前より全然綺麗になったんでわからなかったぜ。見違えたな。」
「あはは、ありがとうございます。」
 バティック・ライツァの言葉にミラは少し赤面する。
 確かに五年前より、ミラは断然女性らしくなっていた。16歳の頃の貧弱な身体(つるぺた)よりもずっと魅力的な体つきになったし、少年のように短かかった黒髪も、今は長くのばしている。
 でもそれ以上に変わったのは彼女の性格だろう。
 五年前のミラは両親をミストに殺された恨みから、人を信じず、ミストを信じず、自分のみで両親の仇を討とうとしていた。いつも何かを思い悩み、笑顔など見せたこともないクールな少女だった。
 しかし五年前の戦いで仲間や友達を得た彼女は、遂に笑顔を取り戻したのである。やはり彼女には無邪気な笑顔が似合う。
 五年前には全くの子供で、軟派なバティックの守備範囲にさえ入らなかったミラだが、21歳になった現在、十分に彼の好みの範疇に入っていた。
 そんな気配を察知してか、バティックのアーテイ「ルータ」がシュウスイに向かって話しかけ、話を戻す。
「じゃあもう龍喰いのルタは海から引き上げられないということなんですか?」
 ルータは絶望的な声でそう尋ねた。
「龍喰いのルタ」、通称「デルタ」は五年前の戦いで最強を誇ったミストである。圧倒的な破壊力を持つ分稼働時間は短いが、それでも能力的にはアイロスと互角に戦えるミストなのである。
 前回の戦いで海底深く沈んでしまったが、もちろんこれが戦線に加わるようならば心強い戦力となるだろう。しかし・・・。
「さっきも申したとおり、デルタは厚い泥層に覆われて引き上げには相当の時間がかかるでござる。発掘には一ヵ月はかかると・・・。」
「そんなっ!そんなんじゃ間に合わないよっ!」
「ルータ、お前デルタのアーテイのくせに聞こえないのか?」
「え・・・?」
「俺には聞こえるぜ、デルタの声が。あいつは必ず俺たちの元へ戻ってくる。今はそれを信じるんだ。
 ミラ、今大神殿に残っているS級ミストはあるか?」
「え?えっと・・・。」
 バティックに促され、ミラは慌てて神殿に封印されてあるミストを思い浮かべる。
「確か「パリンクロン」があったはず。六花公のテフェリー・ドレイクが使う予定だったミストだよ。」
「テフェリーか・・・。あまりいい印象がないがまあいい。デルタが復活するまでそのミストで戦おう。いくぞ、ルータ!」
「は、はいっ。バティック様!」

 大神殿に走っていくバティック達を見送りながら、ミラはシュウスイに質問する。
「あ、奥さん・・・スミレさんは来ないんですか?一緒に戦ってくれれば心強いのに。」
「スミレは今、三人の子供の世話で忙しいでござる。拙者が戦いに行くことを最後まで反対していたでござるしな。」
「ふーん・・・もう立派なお母さんになってるんだねぇ・・・。」
 年月の流れを感じたミラだったが、いくら歳とってもこの人は奥さんの尻にしかれそうだよなぁ・・・と感じずにはいられなかった・・・。

「さあ、ブレイクさん達が出発する。僕たちも出るよ、アバター。」
 大神殿のミスト格納庫で、ヒューズ・メタルはゆっくりと自分のミスト「セラ・アバター」を起動させる。
「ん・・・?」
 ヒューズは柱の影で怯えている少女を見つける。不審に思った彼は一旦ミストのコックピットを開き、彼女のもとへ駆け寄る。
「ひっ!」
 いきなりヒューズがこっちに向かってきたので、臆病な少女は思わず身体を固くする。

「逃げないで。僕はヒューズ。君は?」
「私・・・ルーシャン・ウィルヴィールですぅ。ルーって呼んでくださぁい。」
 なんかかなり間延びした声が、ヒューズの調子を狂わす。
「な、何で君みたいな娘がこんな所にいるの?」
「あの・・・私もピウムに連れていってくださぁい。私、ミスト適性があるらしいんですぅ。」
 ルーの後ろには狼を象ったミストがじっと控えている。彼女のミスト「ヴィスペルタル」である。
 ミストは人型が一般的だから、これは狼型に変形できる可変ミストだろう。
「私、天が与えてくださったこのミスト適性を無駄にしたくないんですぅ。戦う為の力を手に入れたんだから、何らかの力になりたいんですぅ。」
「ミスト・・・特性が?」
 ミスト適性、またはミスト特性と呼ばれるものがある。名前だけ一人歩きしている感もあるが、基本的にはミストをうまく扱える人のことである。
 しかし、B級ミストであれば誰でも動かすことはできる。ただ、誰でも扱えるだけあって性能は低い。
 ミスト特性がある人はその上の機種、A級やS級ミストを扱うことができるのである。
よって前回の大戦ではミスト特性を持つ人間は重宝された。ミスト特性があれば、子供や女性でさえも戦場に駆り出されたのである。嫌がる者には、人質や脅迫をしてでも・・・である。
 またミスト特性が覚醒、成長すると、死んだ者の声が聞こえたり、離れた相手と意思の疎通ができたり、人の思いを取り込めたり、それを発現させたりできることが可能になるのである。
 先の大戦では人々の祈りを取り込んだミストランナーが何人も存在したといわれる。
「わかった。僕の一存じゃ、君を連れていくことはできないけど、勝手についてくる分にはいいんじゃないかな・・・。」
「あ、ありがとうございますぅ。」
 ルーは喜び勇んで「ヴィスペルタル」を着装する。途端、彼女の表情が変わる。目つきも今までのトロンとした目から鋭い瞳に変貌した。
「お嬢様、セットアップは完了していますよ。」
 男性型のアーテイ「レイスヴィー」が彼女に声をかける。彼もアーテイの基本に洩れず、超美形の青年だ。
「ああ、わかってるぜ。」
 ルーの口調に、さっきまでの間延びした声はない。
「フフッ、思いきり暴れてやるぜっ!」
 ヒューズを追い越し、飛び出していくルーに、ヒューズは不安を覚えた。
「大丈夫なのかな・・・あの娘・・・。」

 C:ダナリア
 ごぅん。
 ここはダナリア王宮の地下。石壁が続く薄暗い通路に、鈍い音が響く。直後に何かが倒れる音。
「やれやれ・・・アウシェ。あまり手荒なことはするなと言っただろう。」
 足元に倒れたフィネンス兵を見下ろして、黒髪の青年・・・ゲルハルトは呟いた。その傍らには、世の良識者が見れば卒倒しそうな、フリルをたっぷり使った超ミニスカートのメイド服姿の少女が可憐な笑みを浮かべている。
「心配ありませんわゲルハルト。この「グッナイよい夢をおやすみくん3号」は殴った相手は100%昏倒しますけれど、傷ついたり死んだりすることは一切ないスグレモノでしてよ☆」
 そういって、アウシェと呼ばれた少女は片手に持ったピンク色のピコピコハンマーを器用にくるくる回してみせる。
(その割りには・・・今、やたら重くて硬質な音がしたと思うが・・・。)
 多少どころではない頭痛を感じながら、ゲハルトはそれでもゆっくりと階段を下りていった。
 彼らがなぜダナリア王宮に忍び込んでいるのか?
 目的は一つ。ダナリアの守護神「大天使レイディアント」の封印解除である。
「ところで・・・勝算はおありなの?」
「私がどういった魔術を得意とするか忘れたのか?」
 先を歩くゲハルトの背中越しの答えに、ぽん、と少女は手を打つ。
「そういえば対抗呪文だの魔力消沈だの、貴方って方は嫌がらせみたいな魔術ばかりお上手でしたわね。」
 アウシェの身も蓋もない言い方に、黒髪の青年は指先でこみかみを押さえた。
 ・・・実のところ、ゲルハルトの狙いはダナリア解放といったものではない。彼は確かにレイディアントの封印を解こうとしているが、それは背後から小刻みに、フィネンス軍を攪乱するのが目的だからである。
 もちろんピウムに直接参戦する方が手っとり早い、ということはゲルハルト自身よくわかっている。ただ、表立って行動できない個人的な感情と事情があるわけだ。 だからこういう彼の行動は・・・。
「・・・確かに、嫌がらせかもしれんな・・・。」
 青年は自嘲するように笑った。

「だれだっ!」
 若者の声が響く。
「あら、「グッナイよい夢をおやすみくん3号」の出番かしら?」
「いい加減その長ったらしい名前をやめたまえ。それよりも、どうやら敵ではないらしいぞ。フィネンス人じゃない。イーラの人間だ。」
 ゲルハルトは目の前に立つ二人の男を見つめる。
「その服は、ダナリアの親衛隊の制服だな。」
「ああ。俺はヂルコニアス・レェテ。アーリスを救出すべくここに潜入している。こっちの青年はロンベルト・ウォーターズ。彼もまたアーリスの為に戦う仲間のひとりだ。」
 二十歳になったばかりの若者は、見ず知らずの相手に丁寧にお辞儀をすると、「初めまして。」とだけ言った。
「それから・・・もう一人いるようだな。」
「あらら、バレてしもうたか。」
 暗闇から小柄な少女が頭をかきながら現れる。
「パレオ!パレオ・ライツァさんじゃないですか!」
 ロンはここが敵の宮殿であることも関わらず、驚いて大きな声を上げる。
 直ぐさまヂルとパレオに口をおさえられたが。
「ウチだって美姫はんとは知らない仲やないんや。助けたいと思うんは当たり前や。」
「なるほど、三人はガリア王女アリシエル・ガリアを助けたいわけか。目的は違えども、敵ではない・・・ということだな。」
 ゲルハルトは自己紹介したあと、自分の目的が大天使レイディアントの解放であることを告げた。
「封印された場所は知っているのか?」
「大天使クラスの天使が封印されているんだ。この城内で強力な結界、または異様な魔力が流出している場所を探知すれば、それほど難しい問題ではない。」
 そして彼が突き止めた場所が、この王宮の地下だったわけだ。
「そうだな。アーリスを助けるためにはレイディアントの解放は不可欠だ。俺たちも手伝わせてもらおう。」
 そう提案するヂルの隣で「ピピピ・・・。」という音が鳴る。
「あ、ティエラからの通信や。」
 パレオはここが敵の城という現実を忘れて、通信相手のティエラ・スペクターと世間話をしている。
 ティエラとは、三年前バティックが拾った行き倒れの少女である。現在は魔法の才を生かし、ライツァ商会の魔法通信係として働いているのだ。
 そして今はバティックの「デルタ回収作戦」に通信兵として同行していたのだが・・・。
「なんやて?それじゃあデルタは一ヵ月もうごかへんてことかいな?」
「うーん・・・バティック様は待ってるって言ってましたけど。とりあえず繋ぎに「パリンクロン」ってミストを着装するらしいですよ。」
 スピーカーから雑音に混じって、ティエラの声が聞こえてくる。
「ほう・・・パリンクロンを使うのか・・・。」
 ゲルハルトはなぜか不敵な笑みを浮かべる。
「パリンクロンはかなりのじゃじゃ馬だから、気をつけるようにとそのミストランナーに伝えておいてくれ。」
「???よくわからんけど、伝えておくわ。」

 コツコツコツ・・・。
 ティエラからの通信のあと、彼らは再び地下への階段を下りていく。
「ここだ。ここから激しい魔力が流出している・・・。」
 ゲルハルトが地下最深部の部屋の扉を開ける。
 ギィィィ・・・。
 暗い。蝋燭の薄明かりしか照らさない部屋だ。
「ここに・・・レイディアントが?・・・あっ!」
 ロンは部屋の探索の途中、誰かとぶつかる。
「大丈夫ですか?」
 そう言ってから彼は驚く。
 ぶつかって倒れた人影は小柄な少女だったからだ。なぜこんなところにいるのだろう?
迷い込んだにしてはあまりに場違いすぎる。
 しかし彼らが驚くのはこれからだった。
「・・・あなたたち・・・誰?何をしに・・・来たの?」
 少女は無表情でそう答えた。
「そんな・・・馬鹿な・・・。」
 ヂルはそこから絶句した。少女の姿があまりにも衝撃的だったからだ。
 そしてそれはパレオもロンも一緒だった。
 ただゲルハルトとアウシェだけが、冷静に結論を言う。
「間違いないな。彼女の身体にレイディアントが封印されている。いや、彼女自身が記憶のなくしたレイディアントなのかもしれない。」
「そんな・・・こんなのって・・・。」
「くっ・・・アイロス・・・ふざけた真似を・・・。」
 言葉を失ったヂルの代わりに、パレオとロンが苦々しく言葉を続ける。
 大天使としての力も、翼も、記憶さえもない金髪の少女・・・。
 それは五年前に死んだヂルの妹、マリーウェザ・レェテそのままの容姿だったのである。
 彼女が死に、誰よりも悲しんだのはヂルであった。あれほど喧嘩ばかりし、馬鹿にされ続けていた妹なのに・・・。
 そのことをわかりきっているパレオとロンにとって、少女の質問、
「私は・・・誰なの?」
 という言葉に、
「君は・・・俺の妹なんだ・・・マリア・・・。」
 というヂルの返答を否定することはできなかったのである。
 少女は、彼らによって救出され、ヂルの家に匿われることとなったのである。
 彼の妹、マリアとして・・・。

 D:神聖都市エル・ローク
「ククク・・・おとなしく子供を渡しておれば、怪我をすることもなかったろうに・・・。」
「トールッ!」
 目の前には泣きわめく子供を抱くMGが。その対極には腹部の辺りから血を流している
男の姿が。そしてその二人を驚愕して見つめる女性の姿があった。

 フェリシア・ヴァイルナー。五年前はリオ・サージェルという偽名を使い、ローク教団の六花公の一人、菫公にまでのぼりつめた女性であった。
 しかし、彼女の本名はフェリシア・ロンドヴァルド。故ロンドヴァルド王国の王女であり・・・。
 つまりあのアイロス・シュナイダーこと、アイロス・ロンドヴァルドの実の妹こそ、彼女であった。
 アライアンス降臨戦争の一年後、リオは同じ菫騎士団の同志、トール・ヴァイルナーと結ばれることになる。それまでの経緯を書くほど無粋ではないが、二人の結婚の際はリオに憧れを持っていた何人もの騎士達が泣いていたと書いておこう。
 アイロスの妹という境遇でも、周囲は彼女を温かく迎え、祝福した。
 その半年後に男の子が生まれる。名前をレミエルと名付け、そして現在三歳半に成長していた。
 リオにとって、小さいながらも幸せな日々が続いていたのであった。しかし・・・。
「久しぶりでございますな、フェリシア様。」
「ザンサード・ロイエイル・・・。」
 平和だった彼女の一家に突然現れたMG「ナツァーグラド」。その着装者は自ら「十黒天」の一人、死黒天のザンサードと名乗った。
 十黒天。アイロスが黒薔薇騎士団筆頭だった時代、彼の部下達で選りすぐられた実力を持つ十人を、誰からともなく十黒天と呼ぶようになった。もちろんリオもその十人は知っている。
 五年前の戦いでアイロスが行方不明になった時、同時に十黒天も消息を断ったので、彼女も不審に思っていたのである。
 そしてザンサードがリオに会いにきた理由は、ただの挨拶ではなかったのである。
 「人柱」の種族と言われる種族がある。普段は普通の人間と変わりはないのであるが、彼らは自らの力でマナをつくり出すことができるのである。
 膨大なマナを必要とするミストに、彼らはよく「人柱」として使用された。
 その一族の末裔こそロンドヴァルド王家、つまりアイロスとリオ、そしてその息子レミエルなのである。(他の種族の一人として、リファの家系があります。)
 ザンサードの目的とは、そのレミエルのマナソースとしての力であった。
 トールは必死にレミエルを守ろうとするが、生身でMGに挑むのは自殺行為に他ならず、彼は重傷を負い、レミエルは奪われた。
 その現場に、リオは帰ってきたのであった。
「ザンサード!レミエルを返すのだ!」
「それはできませんな。この子は大事な「メジヴァ・マーログMK−U」の動力源となるのだからな・・・。」
「くっ・・・。」
 しかし、生身のリオではMG相手に手も足もでない。そのとき・・・。
「リオ様、セットアップは完了しております。早く着装を!」
 大きな音を響かせて、一体のミストが地上に下りてくる。
「トワイライト・・・。」
 「トワイライト」。リオが五年前に着装していたS級ミストである。封印の解かれたこの機体は、自ら自分のマスターの危機に駆けつけたわけである。
「ちっ、やっかいなものを・・・。」
「ザンサード!お前はその子供をアイロス様に送り届けるのだ。後は任せてもらおう。」
 突如萌え上がるような緑色のMGがリオの前に立ちはだかる。
「我は十黒天の一人、冥黒天のケアヴィク・ラシーダ。リオ、お前と戦えて嬉しいぜ。」
 ケアヴィクのMG「エルヴンロード・シルマリル」の中で、ケアヴィクはそう名乗った。
「むぅ・・・後は任せた。」
 ここで借りを作るのは嫌だったが、レミエルを抱きながらの戦闘は不利と考えたザンサードは、この場をケアヴィクに託し、去っていった。
「待てっ!」
「おっと、姫様の相手はこの俺だぜ。」
 ケアヴィクは余裕の笑みを浮かべる。
「俺は美人の姉ちゃんが苦痛に歪む顔が大好きなんだ・・・。ゆっくりとS級とレア機の違いをレクチャーしてやるぜ。」
 「トワイライト」と「シルマリル」。ピウムとは別の地で、ミストとMGの戦いが始まろうとしていた。

 E:巨大戦艦「E.G.O」
 イーラに侵攻してきたフィネンスの巨大戦艦は、アイロスの「イレイザー」を含め五隻存在する。その内のひとつ「E.G.O」の部隊が、今度のピウム攻略に任命されたのである。
 戦艦の艦橋で、今回の作戦の責任を負う司令官「憂黒天のヒカミ・ステルス」は称号どおり憂鬱な顔をしていた。
 今までがうまく行き過ぎていたのだ。そろそろ大規模な反抗作戦が始まってもおかしくはない。それが今回のピウム戦ではないのか・・・と。
 彼女は慎重な性格であった。他の者は力押しで十分勝てると進言してくるのであるが・・・。
「アグリアス!アグリアス・ローレイズはいるか?」
「はい、ここに。」
 染めているのだろうか?こげ茶色とブロンドの混合したセミロングの髪をなびかせ、アグリアスは入ってきた。
「其方の開発した長距離光学兵器というものを使いたいと思うのだが。」
「はい・・・しかし、この兵器はまだ実験段階で・・・。」
「テストを兼ねていてもよい。もしこれで超長距離からのピンポイント爆撃に成功すれば、我々は白兵戦をしなくてもピウムを墜とすことができるというもの。」
「は、はい。いますぐ準備します。」
 彼女は急いで自分の実験室に戻っていった。アグリアスはフィネンスで育ったMGランナーであるが、どちらかというとMGの開発、研究の方が好きなのである。
 今回自分の開発した兵器が採用され、本人は大喜びの状態だった。だから・・・。
 彼女の走り去った柱の影に、少女が隠れていたことに全く気がつかなかったのであった。

「おいおい、今回の戦いは砲艦射撃のみで白兵戦はやらないみたいだぜ。」
 MGの格納庫でアーウィン・ブレイザーはつまらなそうにそばにいる女性、エンジェル・テンプリーズにそう話しかけた。
「・・・。」
 彼女は何か考えていて返事をしなかった。
 アーウィンとエンジェル。どちらも五年前の戦いで、アイロス達と戦った勇者達である。なのに、なぜ今はアイロス陣営にいるのだろう?
「俺は、傭兵だからな。金を積まれればどちらにでもつくぜ。」
 最初、アーウィンはそう言ってヒカミに近づいてきた。逆に言えば金の切れ目が縁の切れ目であり、そういう意味では信用の置けない奴とヒミカは眉をひそめたが、その分いろいろな作戦に使うことができ、彼はそのたびに戦果を上げてきたのだ。
 逆にエンジェルには、アイロス軍につかねばならない動機があった。
 自分の娘が人質として捕まっているのである。アイロスはエンジェルの「天使」としての力を早々と危惧し、先手をうったのである。
 天使の力は敵にすれば恐ろしいが、仲間にすれば頼もしい。実際彼女によって多くの帝国軍ミストは壊滅させられているのである。
「申し訳ありません・・・ローク様・・・。」
 エンジェルは小さくそう呟いた。五年前のあの艶やかな笑顔は・・・もうない。

「よし、これでおっけーね。」
 フィネンス兵の服装をした少女が何やら戦艦のデータ室で何やらやっている。
「シズカ・アークランドさんから、このメモリーカードでこの戦艦のデータがダウン・ロードできるって聞いてたけど、本当なんだぁ・・・。」
 何と、少女はこの戦艦とMGのデータを盗もうとしているのである。
 夜陰に紛れて戦艦に潜入した彼女は、素早くフィネンス兵の一人になりすますと、早速情報の集中するデータ室に忍び込み、こうしてダウンロードしているのだ。
 ここまで勇敢で大胆な少女がいるだろうか?
 いや、五年前に戦った者達であれば知っているであろう。たった10歳の若さでローク教団に侵入し、捕らわれのリンネ皇女を助け出した少女の名を。
 そう、彼女こそその頃から美しく成長したレミィ=リジーナ・フォン・リヒター(レィリィ)だったのである。
「まっだかなー・・・。」
 データのダウンロードの長さに、彼女はいつ誰かに見つかりはしないかとドキドキものであった。第一いつもは厳重な警戒がしてあるデータ室に、人が全くいなかった事自体奇跡的なのである。このチャンスを逃す手はなかった。
 しかし・・・レィリィは気づいていないが、実は部屋の片隅には何者かに気絶させられたデータ室の人間が転がっているのである。
 そして、彼女の背後にも人影がじっと立っていたことに・・・。
 彼女は気づかなかったのである・・・。

 つづく


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