ACT.7


 「そんな・・・ミシュラ様がエルロークへ侵攻するなんて・・・。早くブロウィンお姉様に知らせなくちゃ・・・。」
 サァラは血相を変えて大広間の扉から離れる。
 彼女は好奇心のかたまりの様な女性だ。何にでも顔を突っ込む。そんな彼女を喜ばせていたのが、最近のウルザの動きである。
 特にリンネ皇女を幽閉してからの彼の動きは顕著で、極秘で島の各地に発掘部隊を派遣しては、何か古ぼけた巨大な甲冑を発掘してくる。
 さらに、大陸各地の神殿護衛のため、派遣していた六花公全員とその騎士団の一部を、わざわざヒューム島へ呼んだことも気掛かりであった。
 何かが始まろうとしている・・・。
 そう感じた矢先のことであった。ウルザの周りを嗅ぎ回っていた彼女は、遂に前記の話を扉越しに聞いてしまったのである。
 しかし、走り出そうとした彼女の背中を、一閃の激痛がはしった。
「つっ!・・・。」
 彼女の背中を鋭利な円月刀が切り裂いたのだ。
だが、その剣を持っている者はいない。一本の剣が宙に浮いているだけだ。
「踊る・・・円月刀・・・。」
 サァラは激痛に我慢しながらも、そう呟く。
 以前見たことがある。何本もの円月刀を手も使わずに踊らした男を。
「ミシュラ・・・様・・・。」
 そう、その男とはミシュラのことであった。彼は命を持たない無機質なものを、自由に動かせる能力を持っていた。特に円月刀の舞は、皆に「踊る円月刀」と称されている、彼得意の舞踊であった。その剣の一本が、今彼女を襲っているのである。
「鼠が一匹、入り込んでいましたね。まぁ、気にすることはないと思いますが。」
 その剣を遠くから操っているミシュラは、そう冷静に語る。
「逃げなきゃ・・・逃げてエルロークまで行かなきゃ・・・。」
 追ってくる円月刀を振り切りながら、サァラは走る。
 でもどこに逃げる?
 エルロークへは船しか行く手段がない。しかし、そんな悠長なことはできない。すぐ後ろには円月刀が迫っているからである。
 彼女の足は自然と倉庫の方へ向いていた。前に一度だけ見たことがある。発掘された巨大な甲冑が大きな羽を広げ、空を飛んだことを。船が使えない今、サァラの取らねばならない選択肢は一つしかあり得なかった。
「おいサァラ、どうしたんだい。そんなに汗をかいて・・・?」
 番兵の一人が不思議そうに声を掛ける。
 彼女は微笑みだけ返すと、ひとつの甲冑の前で立ち止まる。
「どうした?それはアレンスン様のミストだが・・・おいっ!」
 突如甲冑の前面を開放したサァラは、そのままその甲冑を装備する。
 −HELLO MY NAME IS・・・−
 目の前に訳のわからない文字が出てきたが、彼女にはそれを気にする余裕はない。
慌てて近づいてくる番兵の前で、サァラの甲冑は大きな翼を広げると、倉庫の天井を突き破って大空に舞い上がる。
 どんどんヒューム島が小さくなっていく。ここまではさすがの円月刀も追ってこない。一息ついた彼女は、視線を前に向けた。
 真っ青な空、海、そしてその先にフロス島が見える。エルロークも・・・。
「ううっ!・・・。」
 緊張が緩んだことで、再び背中の傷が痛みだす。
「とにかく、エルロークへ・・・。」
 彼女がそう考えると、この甲冑は自然に翼をエルロークへ向ける。実際彼女は操作らしい操作をしていない。考えるだけで空を飛び、自分が右手を上げようとすれば、甲冑も右手を上げるのである。しかし、背中の激痛に、意識がだんだんとなくなっていく。大神殿の上まで来たときは、さすがに安心したのだろう、ふっと数秒意識が途切れ、そのまま墜落した格好になってしまったのだ。
 大好きなブロウの姿が見えたとき、サァラは生きていることを感謝し、彼女の腕の中に飛び込んだのであった・・・。

        

ACT.8


 「申し上げます!アレンスン様のミストが、一人の神官戦士によって奪われました!」
「そんな・・・私のセラの聖騎士が・・・。」
 駆け込んできた番兵の言葉に、アレンスンが悲痛な声を上げる。
「ふん、鼠と思って油断したのが間違いでしたね。わかりました。都市制圧の他に、アレンスンのミストも一緒に取り戻してきてやろう。」
 そう言ってミシュラは席を立ち、広場へ向かう。
 広場にはすでに十何体かの甲冑が並んで立っている。それらを眺めながら、ミシュラは大きな声を張り上げる。
「龍胆騎士団!エルロークに向かって出撃!!」
「おおぉーっっ!!」
 彼の声に呼応して、騎士達の声が上がる。
「オール・オブ・ローク!オール・オブ・ローク!オール・・・。」
 騎士たちの歓声の中で、ミシュラは決意を改める。
「待っていろよ、アズマイラ!!」

        

ACT.9


副神官長、アズマイラ・ミラージュ。このエルロークを取り仕切っている女性である。副神官長の地位にいるほどなのだから、かなりの高齢の筈なのだが、未だ二十代後半にしか見えない若さを保っている。
 サァラ達はその副神官長、アズマイラの前で今まで見てきたことを報告する。
「なるほど・・・遂にウルザはミストを使ってきましたか・・・。わかりました。ブロウィン、あなたは皆にこのことを知らせて、神官や巫女達をアルロークへと非難させてください。」
 アズマイラはサァラと一緒に付いてきたブロウとグレイに向かってそう指示する。
「わかりました。しかしアズマイラ様、そのミストといったものは一体何なのですか?」
 ブロウが不思議そうな顔で質問する。
「あなたが神殿前で見た巨大な甲冑、あれがミストです。昔の文献にも出ていたでしょう?」
「はっ!?ミストブレイカーズの伝説・・・。」
 彼女の脳裏に昔習った本の一節がよぎる。
 ・・・勇気という名の武器を持って、鎧の兵に立ち向かった。・・・
「じゃ、あの本に出ていた鎧の兵ってのがミスト・・・?てっきり霧か何かのことだと思ってたから・・・。」
「それより早く、皆をこの街から非難させるんだろ。」
 グレイが彼女の背中をポンと叩く。
「そうよ、急がなきゃ!」
 そういってブロウはアズマイラの部屋から退出する。後に付いていこうとするグレイを、アズマイラが留めた。
「えーと・・・今は何とお呼び掛けすればよろしいですか?」
「今は・・・グレイと名乗っているが・・・?」
「ではグレイ様、お久しゅうざいます・・・。」
 アズマイラは彼に向かって子供の様な笑みを向ける。
「昔、会ったことがあっただろうか・・・?」
「はい、まだ私が子供だったころに。昔とは全然違いますから、おわかりにならないとは思いますけど。」
「そうか、時がたつのは早いものだ。」
「グレイ様、今回は何のために?」
 扉を開けて部屋を出かけたグレイは、軽く振り向き彼女を見つめると、ひとさし指を唇にあてた。
「それは・・・ナ・イ・ショ。」

        

ACT.10


 「しまった、遅かった!」
 神殿の前に出たブロウは、そう言って唇を噛む。
 彼女の目の前には、既に十何体ものミストが降り立っていたからである。その中で一際目立つ、竜の形をしたミストがあった。そのミストは他のミスト達より一歩前へ出ると、大きな声を上げる。
「副神官長アズマイラ!私は六花公の一人、“龍胆公”ミシュラ・レンである。神官長ウルザ様より、反逆者アズマイラの処刑とこの都市の制圧を命じられてきた。素直に命令に従うのであればよし。なければ・・・強制に制圧する!」
「ふざけるな!リンネ様を幽閉し、ミストを使い大陸支配を画策するウルザこそ、真の反逆者であろう!いますぐこの神聖都市より出ていきなさい!」
 大神殿のベランダで、アズマイラがそう叫ぶ。
と、同時にエルロークを守る神官戦士、戦巫女達が大挙してミストに襲いかかる。
 だが、戦士達の剣はミストにギギィっといった嫌な音を発せさせるだけで、傷ひとつ付けられない。剣が折れる者達もいた。
「フン、ミストの恐ろしさを知らない者共が。行けっ!ワプス達よ!」
 ミシュラのミスト、ドラゴンエンジンの背中の突起部分から、何十もの小さな鉄の塊が飛び散っていった。
「な、何だあれは!?うわぁぁっ!!」
 神官戦士の一人が驚きの声を上げる前に、その鉄の塊から発射された光弾が彼の胸を貫く。
 彼は最後の瞬間に見た。それは鉄で出来た蜂であった。その針の部分から、魔法の光弾を発射しているのである。こんな芸当は無機質の物を何十も操れるミシュラならではであろう。鉄の蜂は確実に人間だけを襲う。
 他のミスト達も都市の破壊活動を始めている。特にミスト達の右手にある物、そこから放たれる光弾が、建築物を粉々に粉砕しているのだ。
「何・・・何なのあれ・・・?」
 ブロウィンにとっては何もかもが初めて見るものだ。
「銃(ガン)ってゆーものらしいぜ。」
 グレイがサァラの乗ってきたミストを調べながらそう答える。
「引き金を引くと、あの先端の穴から強力な魔力の光弾を発射できるらしい。あの鉄の蜂が発射する光弾も同じようなものらしいけどね。」
「あなた・・・何をしてるの?何をしようとしているの・・・?」
 ブロウの興味は銃よりも、グレイの行動の方に移っていた。
「このミスト、まだ動くらしい。これで少しは足止めできるかもな。」
「そんな、無茶よ!敵はあんなにいるのよ。一体ぐらいのミストじゃ・・・。そうだわ!ミストブレイカーズの伝説。ミストが現れれば多分、ミストブレイカーズも現れるはずよ。それを待てば・・・。」
「敵は目の前にいるんだ。そんな者を悠長に待ってられないよ。それとも可愛いブロウィンお嬢ちゃんは、そんな曖昧な伝説にすがるほど気弱な女の子になっちゃったのかな?」
 グレイの言葉には、明らかに皮肉が込められていた。さすがのブロウもムッとくる。
「ふざけないで。神官や巫女達を守るのが私の役目。あんな見かけ倒しの鎧に怯えるような私ではないわっ!」
 ブロウは半ばヤケになって自分を奮い立たせると、ミスト達に立ち向かっていく。そんな彼女を横目で見ながら、グレイはサァラの奪ってきたミストを装備する。
  −HELLO MY NAME IS−
   “Serra Paladin”
 グレイの目の前に、見慣れない文字が浮かんでくる。古代ローク文字と言われているもので、これを解読できるものは、大陸内でも数少ない。
 でも、グレイにはなぜか読める。
「そうか、お前の名前はセラパラディンというんだな。よろしく頼むぜ。」
        

−O.K!−


 セラパラディンは大きく羽ばたくと、上空から右手の銃で一体のミストを狙う。
「当たれっ!」

バシュッ!


 発射された光弾が、ミストの胸にある簡易魔力炉を直撃した。そのミストは胸部から爆発し、炎上する。
 それに気付いた他のミスト達が、セラパラディンに向かっていった。
「よしよし、みんなこっちに来るんだ・・・。」
 セラパラディンはもっと上空へと上がっていった。

        

ACT.11


 ブロウの目の前で、またひとり神官戦士がワプスの光弾に倒れる。
「このぉっ!」
 ブロウは思い切り剣をワプスに叩きつける。剣はもうボロボロに刃こぼれしていて、斬れるとは思えない。叩き斬るという言葉がよく似合う。
 そんな渾身の一撃も、何十もの命を持たない鉄の蜂、ワプス一匹を墜落すのが精一杯であった。勿論ミストを倒すなどもっての他である。
「くっ、でも負けてたまるかっ!諦めて・・・たまるもんかっ!」
    

−聞こえるだろう・・・。−


「え?」
 ブロウは突然聞こえてきた声に、辺りを見回す。
「ブロウィンお姉様?」
 キョロキョロしているブロウを不思議がって、サァラが彼女のそばへとやって来る。
「サァラ、怪我は大丈夫なの!?」
「アズマイラ様に治癒してもらったから。それにボクも神官戦士、お姉様と一緒に戦います!」
 サァラがブロウの横に立ち、剣を構える。
 

−お前の魂がまだ諦めていなければ・・・。−


「またっ!ねぇ、サァラ聞こえない?」
「はぁ?」
 サァラはブロウの言葉にキョトンとしている。
  

−私の声が聞こえるはずだ・・・。−


「やっぱり・・・幻聴じゃないっ!」

−自分の胸に手を当てろ。お前が強い心を持っているのなら、私がほんの少しだけ力を貸してやろう・・・。−

 突然ブロウの胸元が光りはじめると、その胸から一本の剣の柄が出てくる。
「うっ・・・ん・・・。」
 初めての衝撃に、彼女は思わず体をのけ反る。
「ど、どうしたの!?お姉様っ!」
 サァラが心配そうに見つめるが、どうしたらよいかわからず、ただオロオロするだけであった。
「サァラ・・・胸の剣を抜いて・・・。わかったわ。この剣こそ、ミストブレイカー。勇気という名の武器・・・。さっきの声は・・・ローク様の声に違いないわ・・・。」
 サァラはブロウの言葉に困惑しながらも、彼女の腰に手を回し、抱き抱えるようにしてから、もう一方の手で優しくブロウの胸から出ている剣を抜いた。
「お姉様・・・これって一体・・・?」
 サァラは銀色に輝く剣をブロウに手渡す。
「見ていて。」
 ブロウは一体のミストへ駆け寄っていく。ミストは銃を乱射するが、光弾は全てブロウの剣に弾かれる。
「やぁぁぁぁっ!!」
 一閃!ミストは一撃で粉砕、爆発した。
「すごいっ!」
 サァラが叫ぶ。でも一番驚いていたのはブロウ本人であろう。
「これが・・・ミストブレイカーの力・・・。すごすぎる・・・。」
「ほら、なにぼーっとしてるんだ。早くみんなを避難させなきゃ。」
 ミスト、セラパラディンに乗ったグレイがブロウの横に降り立つ。
「でも、この剣さえあればあいつらを倒せるのに・・・。」
「いくらその剣が強くても、十体以上もあるミスト全部を倒すのは無理だ。今は皆の脱出と戦力の建て直しをはかるのが先だよ。悔しいけど、エルロークは放棄してアルロークへ撤退する・・・。」
「撤退・・・。」
 ブロウの両目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。戦いに負けた。エルロークを守りきれなかった。その悔しさが彼女を攻めつづけているのだ。
 ミシュラ達、龍胆騎士団に占領されたエルロークを遠くに見ながら、ブロウは泣きながら叫ぶ。
「待ってろよっ!エルロークは絶対取り戻すんだからっ!!」

To be continued・・・.



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