「む、もう始まってやがるぜ。」
 ラゼンは斬鉄剣を抜いて、ドラゴン・エンジンに向かっていく。だが、彼の狙いはドラゴン・エンジンそのものではない。
「あのハチさえ無くなれば、あいつのミストはただのデカブツだ。悪い臭いは元から断つ!」
 ドラゴン・エンジンを防御するワプスを次々斬り払いながら、彼はドラゴン・エンジンの背後に回る。ワプスの発射口、「蜂の巣」を破壊するためである。
「おじさんっ、危ないっ!」
 エンジェルの声に反応して、ラゼンは素早く振り向き、刀を構える。その行為が、物陰から襲ってきた剣を何とか受け流す幸運に結びついた。
「誰がおじさんだ!俺はまだ26なんだよ。・・・でも危なかったぜ。こいつ、隠密奇襲型ミストか?」
 何とか戦う態勢を整えたラゼンは、暗闇から出てきたミストを見て、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「やれやれ、昔の人間はよっぽどヒマだったんだな。あんな悪趣味なもん作りやがって。」
「わお、SMみたい。」
 エンジェルのストレートな言葉に、ラゼンは苦笑を浮かべるが、それが最も当てはまっているようにも見えた。
 なぜならこのミストは、両腕を背後で縛りつけられ、剣、ミストガンなどを口にくわえて使用しているからだ。そのため、舌が異様に長い。首もまた、かなり伸ばせそうである。
 だが、縛られたミストのその異様な太刀筋に、ラゼンは翻弄される。いくらミストでも剣を手に持って振る以上、ある程度の動きは読める。だが、このミストは舌や口を使って剣を振るため、次に何が来るのか予想できないことがあるのだ。
「ちっ!」
 少しづつ、ラゼンはドラゴン・エンジンから離されていく。そういう意味では、ドラゴン・エンジンを護衛するこのミストの任務は成功と言えるだろう。だが・・・。
「別にさ、隠密奇襲戦法はあなたの専売特許じゃないのよ。」
 影から影へ、エンジェルのミストブレイカーが、ラゼンへの攻撃に集中していた縛られたミストの間接部分を切り裂く。
「はぁっ!」<_br>  動きの止まった一瞬を見逃さず、ラゼンの居合がミストのコックピットを直撃する。
 何とか簡易魔力炉への直撃はさけたが、その斬った裂け目から、ミストランナーの姿が見えた。
「なっ・・・。」
 普段は物怖じしない彼が、驚愕の目でそのミストの裂けたコックピットを見つめていた。
 ミストの胸の裂け目から、このミストのミストランナーの姿が見える。少女だ。13歳位の・・・。
「殺さないの・・・?」
 少女は無表情のまま、そうつぶやく。
「・・・俺は、女、子供は斬らねぇ・・・。」
「見逃す・・・ってこと?手加減は、いつか自分の首を締めるよ・・・。」
 少女の大きな目が、じっとラゼンを見つめる。その言葉には、まったくと言っていいほど感情がこもっていなかった。
「うるせぇ、今回の勝ちはこっちの嬢ちゃんが余計な邪魔をしたから得たようなもんだ。それじゃあ、俺の気持ちが許さねえのさ。」
「ちょっとぉ、何よ助けてあげたのにさ。」
「・・・・・。」
 少女は何も言わずに、ミストの黒い羽を広げ上昇していく。結局彼女は、一度も表情を変えることは無かった。
「ああっ、せっかく生け捕りできると思ったのに・・・。」
 そう言って怒るエンジェルを何とかなだめ、ラゼンは再び少女の飛んでいった夜空を見上げる。
「・・・にしても、あんな子供まで使うとは・・・教団め・・・。」

「出た!昼の・・・黒い蝗(バッタ)だ!」
 教団の一般ミストランナーが、大声をあげて逃げ出す。
 その視線の先には、漆黒の鎧を身につけた男が立っていた。鎧といってもミストのような巨大なものではなく、人間大のである。しかし、その形状は不気味だ。バッタを人形にしたような姿なのだから。昆虫などにある外骨格を人間につけたらこうなる・・・といった感じだ。
 その男が、一体のミストを捕まえている。
「あれ程子供たちのいる神殿に近づくなと言ったものを・・・。この左腕を折るか?こうやって・・・。」
 バキィン!という音を立てて、ミストの腕が破壊される。
「やはり・・・昼間に出てきた、バッタの化け物だ・・・。」
 一人のミストランナーが恐怖に震える。
 龍胆公のエル・ローク襲撃、ブロウィンたちの脱出。だか、それにはまだ続きの話があった。
 エル・ロークを占領し、子供たちのいる神殿を破壊しようとしたその時、彼らの前に現れたのが、さっきの黒い蝗である。そのパワーは凄まじく、ミストの被害を考えたミシュラは、結局病人や子供たちのいる神殿を放置するしか無かったのである。
「むっ!」
 鋭い殺気を感じ、その蝗はその殺気の元を探る。
「なるほど、強化外骨格・・・と言った所か。」
 神殿の壁に寄り掛かって、眼鏡をかけた鋭い目つきの男が、じっと彼を見ていた。
「あんたもこいつらの仲間か?」
「だったらどうする?」
「ならば、この蝗の鎧『黒蝗』の力であんたも粉砕してやる!」
「やめな。ミストブレイカーズ同士が戦っても、不毛なだけだぜ。」
 眼鏡の男はそう言って両手のグローブをかざす。うっすりとそれは光を放っていた。
「関係ない。ならば純粋に格闘だけで戦えるはずだ。」
「だったらもっとやめたほうがいいな。貴様じゃ、俺を倒せない・・・。」
 眼鏡の男は薄笑いを浮かべ、黒蝗の前から去っていった。
「まてっ!それはどういう意味だっ!」
 黒蝗の声が響く。だが、その問いに答えるものは既に誰もいなかった・・・。

「きみたちが、ここに攻め込んできた人達ですね・・・。」
 ブレイク達の前に、一人のがっしりした体格の男が現れる。
 近くではアーウィンとドラゴン・エンジンの、そしてシャインと黒銀のミストとの戦いが行われているなかで、その男の柔らかい物腰は、少し場違いにも思われた。
「はぁ・・・そうですけれど・・・。」
 ブレイクが答えると同時に、男の剣がブレイクの棍を吹き飛ばす。
「その剣はミストブレイカー!?何で・・・。」
「昼の戦闘で、家が潰されてしまった。かろうじて助かったものの、妻の行方が・・・。街を破壊したあの鎧は憎い。だが、今は彼らに手を貸し、妻の情報を集めなければならないのです。」
「そんな・・・。」
 返す言葉を出す間にも、男の剣がブレイクを襲う。が、その間に割ってはいる小さな影があった。
「ぐっ・・・。これは・・・。」
「ヒュー!なぜここに!?」
「ガルルル・・・。」
 男の腕には一匹の子ツンドラオオカミが、唸りを上げて噛みついていた。
 子ツンドラオオカミのヒュー。ブレイクが飼っている動物達の一匹である。かなり甘えん坊なこのオオカミは、ブレイクが出掛けるのを見て、人知れずついてきたのであった。
「今は退いてください。今僕たちは、この街の為に戦っているのです。奥さんは、この街を解放したら必ず探しますので・・・。」
「ちっ・・・今は・・・わかった・・・。」
 強引にオオカミを振り払った彼は、小さく答えてこの場から消えていった。
「頼みますよ皆さん。あの人の為にも、ドラゴン・エンジンを破壊しなければ!」

「覚悟っ!」
 グレイを襲う、女性型のミストは、執拗にヒット・アンド・アウェイを繰り返す。執念とも思える攻撃と、戦いたくないグレイ。グレイが押されてしまうのは当然であろう。
「くっ・・・やめるんだ・・・君とは・・・。」
「うるさいっ!」
 女性の声がグレイの耳に響く。
 そんな膠着した戦いに、一体の教団側のミストが入ってくる。
「やめろ!これは私とセラ・パラディンの戦い。手出しをするなっ!」
「・・・手出し?するよ。だって解放軍のミストの方が押されてるじゃん。」
「なにっ!?」
 突然、そのミストは彼女に襲いかかってくる。
「あなた、裏切ったのね!」
「別にボクはどっちの味方でもないさ。」
 二つの教団側ミストがもつれ合っているうちに、グレイは戦いの用意をかためる。
「えっと・・・何か他の武器はないのか?」
    

−Holy Stregth−
“Holy Sword”


 セラ・パラディンが素早く答えを返す。
「ホーリーソードか・・・。よし、行くぜっ!そこのミスト、どきなっ!」
「え?」
 女性型ミストと戦っていた、そのミストランナーは、一瞬グレイの方を見て、直ぐさまそこから遠ざかった。なぜなら、彼の新たに抜いた剣は普通のミストソードと違い、強い光を帯びていたからだ。
「くらえっ!ホーリーブレイク!!」
 剣から放たれた閃光が、女性型ミストの右足を切り落とす。
「わざと、はずしたの・・・?」
「言っただろ、君とは戦いたくないって。」
「ふざけたまねを・・・。この借りはいつか返すっ!」
 彼女はゆっくりと戦線を離脱していく。
「やれやれ、逃げちまったのか・・・。」
「おぬしはどうするでござる?」
 シュウスイと戦っていた、大鎌を持った青年は、シュウスイの言葉に皮肉な笑みを浮かべると、彼らに背を向けて歩きだす。
「別に俺はどっちが勝っても構わない。ただ、自分が死ぬのはごめんだからな。」
 二つの強敵が消えた後で、グレイのミストに近寄ってくる教団側のミストがあった。さっきのミストだ。
 このミストは彼の前で、自らコックピットを開ける。バンダナを着けた、18歳くらいの女の子だ。
「やぁ、ボクは・エスリン・ノベル・。ね、このミスト活躍したでしょ?どう、このミスト買わない?お兄さんなら安くしとくよん。」

「なんだ・・・攻撃してこないのか?」
 敵ミスト隊を突破してきたロディは、その中で何もしてこないミストがあることを知った。ドラゴン・エンジンの背後にまわった今も、赤と青の二体のA級ミストが、じっと彼女を見ている。が、それだけなのだ。
「内部分裂でも起こしてるのかな?ま、いいや。だったら、いくよ!」
 ロディはアーウィンに気をとられているドラゴン・エンジンの背後から、さっき改造したミストガン・改をぶっ放す。
       

ヴァシュン!!


 暴発気味な音を上げて、強力な光弾がドラゴン・エンジン背後の「蜂の巣」に直撃する。
 大音響と共に蜂の巣が炸裂、炎上した。
「よし、これで邪魔な蜂がいなくなったぜ!」
 アーウィンは大剣を振り、ドラゴン・エンジンに飛び掛かる。
「ふざけるな!蜂の巣が破壊されたごときで、私はやられん!」
 ミシュラは楯で剣を払うと、アーウィンを吹き飛ばす。
「ブロウさん、ドラゴン・エンジンが燃えてるよっ!」
「でも、まだドラゴン・エンジンは動いている。戦いは終っていない・・・。」
 ブロウとリーベライがやっとここまで来た。不安そうなブロウを見て、リーベライが気をかける。
「どうしたの、ブロウさん?」
「ううん、さっきの戦いでね、ミストブレイカーズって本当に強いのかな・・・って。S級やA級には全く歯がたたないんじゃないかなって思っちゃったから・・・。」
「だめだよ!自分を信じなきゃ。そしてボクたちも信じて。ひとりじゃダメでも、みんなでなら何とかなるかもしれないもん。」
「うん、そうだね。」
 必死で戦うアーウィンのもとへ、ブロウが駆け寄る。
「でも、あの分厚い装甲をどうすれば・・・。
くっ、ダメよ弱気になっちゃ。自分を信じなきゃ・・・。」
      

−念じよ・・・。−


「この声は・・・。」
 

−ミストブレイカーの言葉を聞け・・。−


「ミストブレイカーの?」
 ブロウは突然動きを止め、目を閉じる。
「おいブロウ、何をしているんだ。」
「わかったわ・・・。この子は稲妻を出したがってる。今、解放してあげる・・・。」
 ブロウはアーウィンの前に立つと、ドラゴン・エンジンに向かって剣を構える。
「はぁぁぁっ!ボール・ライトニング!!」
 剣先から出現した稲妻の龍が、ドラゴン・エンジンの装甲を切り裂く。
「馬鹿なぁっ!!」
 コックピットの中で、ミシュラが叫ぶ。
「今よ、全員突撃!」
「おおっ!」
ブロウの声に、全員が続く。
「くっ・・・この私が・・・負けるはずがない・・・。赤薔薇や黒薔薇、菫公の手の者が来ているのだ。これ以上、ウルザ様へ失態を見せたくはない・・・。」
 ミシュラはドラゴン・エンジンから輝くディスクを取り出す。それはドラゴン・エンジンの頭上で、少しづつ回転を始める。
「なぜ、ドラゴン・エンジンがA級程の能力しか   持っていなくても、S級ミストと呼ばれているか教えてやろう。このディスクがあるからだ。」
−だめよ!あのディスク「ネビニラルの円盤」を回転させてはいけない。あれが高速で回転する時、この街は消滅するわ!−
 全員の心の中に、アズマイラの声がこだまする。
「アズマイラ様・・・よかった、まだ生きているのですね。」
「ルクスさん、それよりも・・・。」
 リーベライがルクスの腕を引っ張る。
「わかっているさ。」
 二人の光の矢が、同時に放たれ一つとなる。その矢は少しづつ、鳥の姿へと変貌し、回転しはじめていたネビニラルズ・ディスクを一撃で粉砕した。
「そ、そんな・・・。はっ!?」
 驚愕するミシュラの目の前に、アーウィンの姿があった。
「往生際が悪すぎるぜ、あんた。」
 アーウィンのメガブレイドが、ドラゴン・エンジンの簡易魔力炉を貫く。
「わ、私はまだ・・・。」
 ミシュラが最後の言葉を言いおわらないうちに、ドラゴン・エンジンは爆裂の閃光を放っていた。

「ま、所詮自分の力を信じたものと、自分の力を過信したものとの差がこの結果につなかったようだな・・・。」
 爆煙をあげるドラゴン・エンジンを遠くにみつめ、リンチュウはゆっくりとその場を後にした。

「うっわぁ、お前と戦ってたら、先に敵の大将やっつけられちまったじゃないかぁ。」
 シャインはキッと黒銀のミストを睨む。
「おれもだ。お前のせいでミシュラ様を助けることができなかった。」
 黒銀のミストは、明けはじめた空に向かって翼を広げる。
「こら、逃げるのかよっ!」
「もはや守るものが無い以上、ここに残っていても無駄だからな。」
 朝焼けが東の空を焦がす。長い夜は今、やっと明けようとしていた・・・。


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