act.9「エディーネの解放」
エディーネの街は、空は今、大恐慌に陥っていた。
ブラック・レィリィの歌は、所構わず機械というものを使用不能にしていった。MGが、戦艦が、次々と制御不能になり機械の都に墜落し、炎上する。戦艦の乗務員だけではない、街に住んでいるエディーネの住民も、爆発に巻き込まれているのだ。
それを合図にしたように決起したエディーネ・レジスタンスが、混乱に拍車をかけていた。
MGの動かないフィネンス兵は、数で勝るエディーネ・レジスタンスに対抗する術は無かった(銃さえも使えなくなるのだ)。
「どうしたっ!?なぜわしの命令を聞かんのだっ!?」
エディーネの空に広がる惨劇をモニターで目にしたマイセンは、歌を止めさせようとレィリィに命令したが、そのプログラムが全く通じないのだ。彼女は暴走したように歌を歌い続ける。
あくまで実験だった。効果が表れればすぐに実験を中止し、彼女を前線に投入させるつもりだったのである。
確かに効果は絶大であった。それは、この壊滅したエディーネ防衛艦隊をみればすぐにわかる。しかし・・・。
突然の悲鳴が、彼の考えを断ち切った。
モニタリングしていた兵士の一人が、悲鳴を上げて床に転がった。一人だけではなく、次々と何か見えないものに襲われているようにのたうち回り始める。
「な、何だ!?」
驚愕してマイセンは辺りを見渡す。そして、彼自身も悲鳴を上げた。
彼の身体が、突然腐って落ちていく。
「な…これは、これはぁぁ!?」
見る間に掌も、悲鳴を上げようとする口も、ずるずると骨を残して溶けてゆく。
「くうぅ…っ」
動くものの居なくなった部屋の中で、ゆっくりとミスティ・レィリィがベッドから身を起こした。目眩がする頭を押さえ、身体に繋がったコードを纏めて引き剥がす。
「いちおー身体は守ってたけど…こんな手段に出るとは思わなかったよ。御陰で強硬手段だこのダニ野郎。あーそんなこと云っちゃあダニに失礼かーあははー」
綺麗な顔でとんでもないことを云いながら、ミスティ・レィリィはベッドから降りるついでに床に転がるマイセンの頭を軽く蹴飛ばした。
軽いうめき声が男の喉から漏れる。
「あれま。…あれに耐えられるなんてねー。ちょっとは根性あったんだ君?…もっとも、これから5年ぐらいは夜寝られないこと決定だけどね?」
ちなみに、倒れているマイセンの身体は溶けてなどおらず、他の気を失っているフィネンス兵にも別段異常はない。
「…さーて、君本格的にぶっ殺すのは次の機会に譲るとして…あの悪い子も何とかしたいとこだけど…まずはこの身体を守ることが優先かな」
ややふらつきながら、ミスティ・レィリィ…?は、ドアに向かって歩き出す。
「あーもお結構ダメージ大きいなー…僕ってば守護者失格…?まーレィリィ以外に守る気は更々ないしー、第一手がまわんないしー、ごめんねー?って感じではあるんだけどー…あーなら尚更かー」
壁にもたれたまま、ミスティ・レィリィはずるずると膝を突いた。
「しっかし『へーか』は一体どーしちゃったわけ?こないだ国士でハコったときのツケもまだ払って貰ってないのにさーまったくぅ…」
…しかし、どうにも独り言が多い。
とにかく、遅かれ早かれ異常は気付かれる。その前に、何処か安全なところに身を隠すべきだった。
疲労の激しい身体を引きずって、廊下の角に差し掛かる。
曲がり角の向こうから、話し声が聞こえた。まずい、と彼女は思わず舌打ちする。
声は近づいてくる。しかしその声を聞く内に、ふと青緑の瞳に妖しい閃きが宿った。
角を曲がったとき、オッドアイに誰かがぶつかって来た。
「おい、気を付けろ…!?」
相手が誰かを確認したとき、オッドアイの目が見開かれる。
床まで零れ落ちる長い黒髪。しなやかな身体。彼を見上げる青緑の瞳。ぶつかった弾みで床にへたり込んでいるのは、彼が探し求めていた相手だった。
「あ、あんたは!」
「…大丈夫か?」
ダースが手を差し出して、ミスティ・レィリィを助け起こそうとする。しかし、微かに怯えた色を見せて彼女は後ずさった。
「…貴方達、だれ?」
「…というわけで、俺達は運命の恋人同士なんだ」
オッドアイの目は真剣そのものである。しかし、ミスティ・レィリィは未だ信じられないと言った表情で、不安を隠せないでいる。
(俺のことも覚えていないのか…)
だが、今はその方が好都合かもしれない。ダースはそう思った。
ひとまず、記憶のないらしいミスティを匿ったのはいいものの。そうそう長くはこうしておけないことも、彼には判っている。
「ごめんなさい…大事な人、あなたの他にいるような気がするの」
「…!誰だ、どんな奴なんだそれは!?」
「…よく…思い出せないけど…赤い髪の、背の高い人…」
その言葉に、オッドアイの握りしめた拳が震えている。どうやら妙な勘違いを起こしているようだった。
(そりゃ父親だよ…)
ダースは心の中でつっこみを忘れなかった。
とりあえず今夜は、リンチュウやジオスの提案でエディーネ・レジスタンスのアジトでレィリィをかくまうことになった。
とはいえ、アジトは飲めや歌えの大馬鹿騒ぎになっており、とても寝られる雰囲気ではなかったのだが。
そう、あれから間もなくエディーネは解放された。戦艦もMGも使えないフィネンス兵に、抵抗する気がなくなったのだろう。彼等はあっさりと降伏したのである。しかもその勝利の立役者がアジトに来たのだ(レィリィの歌がMGやミストを行動不能にさせることは、以前「ピウム攻防戦」で行なわれた「レィリィ・アタック」によって広く知れ渡っている)、騒ぎが起きないはずは無い(一人、アジトで合流したブレイクは、リンを取り戻せなかったことで沈んでいたが)。よって、レィリィ達がゆっくりベッドについた頃はもう、東の空は白みがかっていたのである。
夜明けの光がレィリィを照らす中、眠っている彼女の身体から光がほとばしる。と、それは人の形を作り始め、最後には天使の姿となる。
「さて、どーしよーかなー。『ホントのレィリィ』はまだ目覚めてないようだし・・・。ちょっと『へーか』の所に言って報告でもしてくるか・・・。」
レィリィの身体から表れた天使は、そう言うとキラキラと羽を羽ばたき、エンシャの森へと飛び立っていった。
act.10「苦い決着」
エディーネが解放されていた頃も、エンシャの森上空では激しい攻防戦が続けられていた。
「たぁぁぁっ!!オーラ斬りっっ!」
「させんっ!」
ミラのミスト、ターヒールの渾身の一撃を、フォル・マーログのハイパービームブレードがなぎ払う。
「このおっ!」
ヒューズが光の翼を広げる。敵はアバター・シュートより1.5倍は大きいとはいえ、一体のMGだ。そんな小さな相手にダブルマジックランチャーはスキが大きすぎるし、よけられる確率も高い。なら・・・。
「ミラさん、少しだけアイロスを抑えておいて下さいっ!『アバター・シュート』を使います!」
「アバター・シュートを・・・。わかった、でも少しだけだよっ!」
ターヒールの周りが蒼いオーラに包まれる。
「V−MAX作動っ!」
ターヒールのスピリットリンクがミラの魂の波動を吸収する。これにより、ターヒールのパワーとスピードはMAXを超えて短時間であるが、通常の何倍もの性能を引き出すのである。
「いっけぇぇぇっ!ハイパーオーラ斬りだぁっっ!!」
「くっ!」
フォル・マーログとターヒールの剣が交差する。さすがにパワーアップしたミラの剣圧は、アイロスでもいなすことはできなかった。少しの間力比べが続く。
「ありがとう、ミラさん!」
アバター・シュートの機体が光の翼に覆われる。
「アバタァァァッ・シュートッッッッ!!」
フォル・マーログの側面からアバターが突っ込む。
「アイロース!」
「やってくれる・・・。」
アバター・シュートの突撃がフォル・マーログの装甲を突き破る・・・が・・・。
「そんな、まだ動くなんて・・・。」
フォル・マーログはまだ機能を停止していない。
「フォル・マーログは核弾頭搭載を想定して作られたMG。その装甲は核爆発に耐えられるよう設計されてある。その程度で、このMGは破壊などされん!」
「くそっ!」
「ダメよ、ヒューズ。アバターは動けない・・・。アバター・シュートを撃てば、一定時間はオーバーヒートするってわかってるはずでしょ・・・。」
ヒューズのアーテイ、レーニが無念そうな声を上げる。
「だったらボクが!」
ターヒールが剣でもって破壊された装甲部分を狙う。
「一点突破ならっ!」
「無理だな。そのミストはさっきの無理な高出力のために、パワーが大幅に落ちているはずだ。」
その証拠を示すように、ターヒールはフォル・マーログに軽くあしらわれる。
「ぐっ・・・。」
「惜しかったですね・・・。」
フォル・マーログの剣がアバターを、ターヒールを、次々と切り裂いていった・・・。
「これならっ!」
ティエラが両肩にある大型ミストキャノン(オーバーハングキャノン)を放つ。
が、堕ちたるアスカーリはその寸胴そうな機体に反して、機敏に光弾をよける。
「バティック様、今ですっ!」
「おおおっっ!」
デルタEz−8が大剣を振るう。が、アスカーリはその剣さえもよけてしまう。
「なんか・・・こっちの動きがわかっているみたいだな・・・。」
「そうかもしれません・・・。」
バティックの疑問を、ルータは心配そうに肯定する。
「私はアスカーリお父さまに作られたアーテイ・・・。ならば、その戦闘思考形態もお父さまに似ているはず・・・。」
「わかった。なら、戦闘パターンを俺に組ませてくれ。ルータは火器管制を頼む。」
「はい、バティック様。」
「に、しても・・・。」
バティックはティエラのミスト「スプリンター・ダッシュ」を見つめる。
「ティエラの動きのパターンまで、アイツに見抜かれているのはどういうことなんだ・・・?」
スプリンター・ダッシュは左腕にマナ粒子を溜めて突っ込んでいく。スプリンターの左腕内部に搭載された特殊兵器「スペルシェイバー」を発動させたのである。これは空間を漂うマナの流れを高速回転させることでマナの乱流を発生させ、目標を破砕する武器だ。
「しゃいにんぐふぃんがーを・・・使うっ!」
しかし、それさえもわかっているかのようにアスカーリはかわしてしまう。
「なんでっ!?」
「あいかわらず・・・プログラムされた攻撃しかしないんだな、アシュノッドよ・・・。」
「プログラム・・・?アシュノッド・・・?」
ティエラには理解できない言葉を吐くアスカーリに、彼女はだんだんイライラを募らせていく。
「いったいさっきから何なんです!アシュノッドとかプログラムとか・・・!?」
「フフッ、記憶を失っているようじゃの・・・。ならば聞かないほうが幸せだったと思うかもしれんぞ・・・。」
「聞くな、ティエラ!あんな奴の言葉に耳を貸すんじゃねぇっ!」
バティックが叫ぶ。が、アスカーリまでがしゃべるのを躊躇する秘密を聞きたいという欲望に、彼女は耐えられなかった。
「ボクは・・・自分の記憶を取り戻したいんです。今の自分は、ボクであってボクじゃないような気がするから・・・そんな違和感を感じるから・・・。」
「ティエラ・・・。」
「その昔・・・。」
と、アスカーリが懐かしむような声を出して語り始める。
「今から450年ほど前、丁度『建国帝復活戦争』(第一次ミスト大戦)の頃、ある計画が立案された。」
「計画・・・?」
その頃生きており、アスカーリの身の回りの世話をしていたルータも、その話は初めてだった。
「ルータは知るまい。お前がわしのところから逃げた後のことじゃからな。」
・・・それは、ミストクラッシャーに対抗するべく「S級ミストの高効率運用」と、「不足する高技能のミストランナー+アーテイの急速な補充」という二つのコンセプトから立案された計画・・・。
「・・・それをアシュノッド計画と呼ぶ・・・。」
「アシュノッド・・・。」
ティエラはいよいよ話が佳境に入ってきたことを悟り、身を堅くする。
「その計画にわしが出した答え。それは『もともと人工存在であるアーテイに、ミストランナーとしての特性を付与し、ミストを単体で着装できるアーテイを作る』というものじゃった。ミストランナーを育成する時間と、戦闘時のアーテイ・ランナー間の意思伝達期間を0にしてしまうのじゃから、効率はよくなるだろうしな・・・。
そして、出来た人造人間を・・・。」
一旦ここでアスカーリは息をつぐ。
「『アシュノッド』と名づけたのじゃ・・・。」
「まさか・・・。」
「そう!お前こそが、そのアシュノッド計画最初にして最後の実験体として、わしの知る限りで最高のミストランナー“アヴィサル・スペクター”と最強のアーテイ“ルータ”の遺伝子で作られた人工生命体なのだ!アシュノッドよっ!」
「そんな・・・。」
「お前が最近の記憶しかないのも当たり前だ。お前は生まれた後、すぐに封印されたのじゃからな。」
結局、アシュノッド計画は中止されることとなった。人間より優れたアーテイがランナーになれば、これほど強力なものはないが、逆に暴走したとき、それは最も人間にとって脅威となる。それを恐れたのである。
よってアシュノッドは一体だけ(ティエラ)作られ、凍結された。
彼女が偶然この時代に目覚めたのは、堕ちたるアスカーリの目覚めに呼応してのことだろう・・・とアスカーリは語った。
「だからこそ!わしの身体の一部分となるのだ。アシュノッド!」
堕ちたるアスカーリの触手(クラウワーム)がティエラのスプリンター・ダッシュに迫る。
「ボク・・・ニンゲンジャナインダ・・・ニンゲンジャ・・・。」
「ティエラ!何をしているっ!」
「ティエラちゃん!」
「えっ!?」
自分が人間でもアーテイでもないという真実・・・。その衝撃に打ちひしがれていたティエラには、自分に迫るアスカーリのクラウワームも、バティックやルータの声にも、全てに気づくのが遅れていた。
「きゃあっ!」
バキっという鈍い音が響いた。アスカーリの触手が、ミストの装甲を貫いた音だ。やられた・・・そう思って目を閉じていたティエラは、恐る恐る目を開ける。機体に何の異常もないことが感じられたからだ。
アーテイのいないミストに乗れることも、なぜかミストの情報や状況が頭の中に次々と入ってくることも、今の自分ならわかる。自分がアーテイであり、ミストランナーであるのだから。
「!?・・・バティック様、なんで・・・。」
目の前には、ティエラの代わりに触手に貫かれた龍喰いのルタの姿があった。
「うるさいっ!オレや、ルータや、デルタの身体が勝手に動いちまったんだからしようがないだろっ!」
「バティック様、デルタじゃなくて、龍喰いのルタですってばぁ・・・。」
「ククッ・・・そうか。先にルータがわしのもとへ来るか・・・。それもよかろう・・・。」
クラウワームが次々とデルタを貫いていく。
「さすがデルタを作った男・・・。どこを壊せばこいつが動けなくなるかわかっているじゃないか。」
「バティック様、感心している場合じゃありません!お父さまがなぜ自らをミストになさったのかはわかりませんが、あのミストが龍喰いのルタの後継機なら、『ドラゴン・イーター』の機能も装備されているはず・・・。」
「ドラゴンイーター・・・。捕獲したミストの能力を融合、吸収する能力かっ!?」
「ええ。だから、バティック様は吸収される前にここから逃げて下さい。私は・・・龍喰いのルタと一緒に、お父さまの元へ帰ります・・・。」
「ルータ!」
「さようなら・・・。」
コックピットが開かれ、強引にデルタが下を向く。
「うわっ・・・。」
必死にコックピットにしがみつくバティックであったが、ルータは涙をこらえて彼を振り落とした。彼の落ちた先には、ティエラのスプリンター・ダッシュがあった。
「バティック様をお願いね、ティエラ・・・。私の・・・妹・・・。」
デルタが、ルータがアスカーリに吸収される。
「ルーターッッッ!!」
でも・・・もうバティックの声はルータに届かない・・・。
「ちくしょうっ!ティエラ!ルータを助けるぞっ!」
「・・・バティック様はルータ姉さまを愛しているのですね・・・。」
「なっ・・・こんな時に何言ってるんだ!?」
「ボクは・・・ドジだしノロマだし・・・全然ルータ姉さまにはおよばなくって・・・それでも・・・一つだけ勝てるトコロがあるとしたら・・・ボクが人間であること・・・だったのに・・・。でも・・・。」
「うるさいっ!人間だのアーテイだの関係ねぇ!パレオもルータも、もちろんティエラだって俺の大事な妹だ!誰もかけがえのない家族なんだよ!好きも嫌いもあるかっ!」
「バティック様・・・。」
「わかったならさっさと『物干し竿』の用意をしろ。反撃の準備だ。」
「はい!マスター・・・。」
「なっ・・・やめろよ、その呼び方は。」
「くすっ、前から言ってみたかった言葉なんです。」
長銃身のミストキャノン(物干し竿)の先にマナの粒子が集中する。
「いっけーっ!」
光の束はアスカーリを直撃し、その胴体に大穴を空ける。
「くくくっ・・・痛くねぇよぉ、こんな攻撃はよぉ。あんたに殺されかけた、あの頃に比べればよぉ・・・。」
堕ちたるアスカーリは細胞増殖を繰り返し、自己再生を図る。見る見る機体が修復される。
「だったら・・・本体ごと消滅させるっ!」
「でも・・・あの中にはルータお姉さまが!!」
「くっ・・・そうだ・・・ちくしょうっ!」
一瞬の躊躇が、スプリンターの最期を運命づけた。
激しい衝撃と共に、スプリンター・ダッシュの右腕が破壊される。
「これは・・・デルタのミストブレード・・・!?」
目の前には・・・デルタがいた。デルタを自らの身体に吸収したアスカーリは、デルタと融合し、凶悪な姿をバティックの前に見せつけたのであった。その名も「アスカーリ・DTM」。DTMとは「DragonEater−RUTA TransMetals」の略である。
ミスト、MGを無差別に取り込んだ形態であり、ミストの魔法、曲面的装甲と、MGの機械、直線的装甲の奇妙に混ざり合った異様な外見をし、その力はプレミアクラス・・・。
と、思う間もなく続いて左足が奪われ、顔がえぐられ、メインカメラが消失する。コックピットを貫かれるのも時間の問題だろう。
「ティエラ、脱出するぞ。」
「え?でも・・・。」
「これ以上俺の妹を奪われたくない。チャンスは何度でもある、今は逃げるんだ。」
「お前等に明日はないんだよぉ!バティックちゃんよぉ!」
大剣が、動けないスプリンターのコックピットに迫る。
−その時−
「このっ!このっ!『ヴァリアント・ディザスター』!!」
ヴィスペルタルの魔弾の粒がマグナギートを襲う。
「その武器は効かないと、前回わかっていたはずだろっ!」
ハイパープロテクションによって、魔弾は次々と弾かれた。
「倒せなくっても、足止めできれば!」
魔弾はマグナギートのファンネルを片っ端から撃ち落していく。
「小賢しい真似をっ!」
シスフィーネが怒りのままに拡散荷電粒子砲を撃ちまくる。これほどの出力を誇る魔導兵器を途切れることなく撃ち続けられるとは・・・。MGの性能もあるが・・・。
「これが魔力の差って奴・・・?」
拡散したマナ粒子のエネルギーが、ヴィスペルタルの両腕を、両足を打ち砕く。
・・・悔しかった。戦闘技能では負ける気はしなかった。向こうは力押しだけだから。なのに・・・。
「シュウスイ!何してんのっ!!」
「来るかっ!」
シュウスイの御旗楯無に、六つの飛行物体が襲いかかる。
アグリアスのMG、「B.A.ライオネス=K」のハンド・ビットである。
リモート・デバイス・システム(R.D.S)と呼ばれるシステムで、彼女の脳波によって、背中から六つの手の形をした砲台(ハンドビット)を操っているのだ。六つの眼が、シュウスイをサーチし、攻撃する。
御旗楯無は銘刀「甲斐国郷」を抜き、その一つ一つを切り払う。
「なんとか・・・懐に入れれば・・・。」
多くの障害物が存在する森の中では、ハンドビットの操作に神経を集中しなければいけない。ならば機体本体は動いてはいないはずである。機体を操作しながら、オールレンジ攻撃を行なう難しさは、同じような機構をもつシュウスイだからこそわかる事柄である。
しかし、それはアグリアスの方も同じだ。
「待っていたわっ!あなたの動きはもう、戦術AIコンピューターによって割り出しているのよっ!」
シュウスイの飛び出した先には既に、アグリアスが拡散レーザーの発射口を向けていたのである。あくまでハンドビットは彼をここまで誘う囮に過ぎなかったのだ。
右近、左近がガードに入る前に、拡散レーザーが御旗楯無を撃ち抜く。
「スミレ・・・。」
ぴくっとアグリアスの眉間が動く。
「戦闘中に・・・戦闘中に女の名を呼ぶかぁっ!」
拡散レーザーが集束していく。ライオネスのレーザー砲は、広範囲をカバーできる拡散砲と、威力のある一点集中型の集束砲の二通りにフレキシブルに使い分けることができるのである。
「これで決める!」
そう叫んだ・・・。
−その時−
「・・・ホントに出撃するの?確かに動くことはできるけど・・・本当に動くだけよ・・・。」
「ごめんなさいウインター、無理を言ってしまって。わかっています。私はただ砲台代わりになれればいいの。リファ、射出をお願いするわ。リオ・サージェル、トワイライトで出ます!」
まだ修復の後も痛々しいトワイライトが、アニムンサクシスから射出される。
「あれは・・・トワイライト・・・か!?」
防衛陣のミスト隊が三機のプレミアMGと、アグリアスに手を焼いている今、MG「アムネジア」を着装していた蒼黒天・ライナス・コントラルドは、易々とアニムンサクシスを射程距離の範囲に置けたのである。そんな彼を迎撃するために、白蒼のミストが舞い上がってくる。それがリオのトワイライトだったのである。
「ライナス・・・。」
「お久しぶりです、リオ様・・・。」
ライナスは、リオが聖花騎士団の団長だった頃、団員としてリオの下で戦っていたのである(実質は、アイロスの命令で彼女を監視していたのだが・・・)。
「ライナス・・・貴方まで・・・。」
「フラれた男の嫉妬は怖い・・・ということですよ・・・。」
ライナスはくすっと笑みを浮かべる。実際、リオの美しさに魅かれ、彼女が結婚したときに多少ならずも夫であるトール・ヴァイルナーを羨んだこともある。
「兄上に心から忠誠を誓った男が何を言う!子供を・・・レミエルを返しなさいっ!」
「レミエルはもう・・・リオ様の知っているレミエルではない・・・とだけ言っておきましょう・・・。」
「なっ・・・。」
リオが何か言おうとする前に、ライナスは彼の横を通り抜け、アニムンサクシスを強襲する。
「待てっ!」
だが全力を出せないトワイライトでは、アムネジアを補足し切れない。
「これ以上はっ!」
アニムンサクシスの前甲板に立つリーベライが、弓のMGブレイカー「ストーム・バインド」を構える。
「シャッター・ストーム(粉砕の嵐)!!」
何百本もの光の矢がライナスを襲う。が、アムネジアはそれにもひるまず突っ込んでいく。ある程度のダメージはアムネジアのプロテクションが防いでくれるとはいえ、その機体にかかる衝撃は大きい。
「この船・・・撃墜とさせてもらうっ!」
「させないっ!セレスティアル・プリズム(天界のプリズム)!」
「無駄だぁっ!」
リーベライの張った光の防御結界を、アムネジアの剣「妖刀ムラマサ」があっさりと斬り裂く。ムラマサは結界の破壊のみを目的とした究極のディスエンチャント(解呪)ウエポンなのである。
「きゃあっ!」
ライナスの剣を紙一重で回避したとはいえ、その剣圧にリーベライは吹っ飛ばされる。その小さな身体は風に舞い、艦橋の強化ガラスに頭から叩きつけられた。
「うぐっ!」
「リーベライっ!!」
ガラスが割れ、彼女が艦橋に転がり込む。それと同時に、激しい風が艦橋に立つリファの髪を激しくなびかせた。が、リファは乱れる髪も気にせず彼女のもとへ駆け寄る。リーベライは頭から血を流し、意識を失っている。
「リーベライっ!リーベライっ!」
リファはリーベライを抱きかかえ、必死に呼びかける。
リーベライの危機。そしてそれはアニムンサクシスの危機でもあった。リファがアニムンサクシスのコントロールを離れ、リーベライの元に一旦行った為、現在ゲオルグとシリルが二人がかりで艦の安定に力を注いでいる。そのため、一瞬ゲオルグが張っていた防御結界が消滅する。
「終わりだ、アニムンサクシス!」
アムネジアのMGガンが、アニムンサクシスの左舷マナエンジンに炸裂する。点々とエンジン各所から火の手が上がった。爆発するのも時間の問題だろう。
「とどめを・・・。」
「させませんっ!」
アムネジアの前にトワイライトが再び立ちはだかる。
「そんな壊れかけのミストでっ!」
リオとライナス、二人の剣が、墜落ちゆく戦艦の上空で重なり合った・・・。
「アシュレイの“ダークロア”から一体のMGが出て行くのが見えたが・・・?」
墜落ちていく2体のミストを見ながら、アイロスは第四艦隊旗艦ダークロアに通信を送る。
「は、アシュレイ様自身が出ると申しております。」
ダークロアの副艦長が困惑しながらそう答えた。
「フッ・・・この戦いを見て艦長席に安穏と座っていられなくなったか・・・。相変わらず血の気の多い奴だ・・・。」
と、墜落ちていく2体のミストの一つ、ターヒールがゆっくりと機体を持ち直し、浮上してくる。
「まだだよ・・・まだ負けない・・・。」
「その心意気・・・五年前と変わっていませんね。」
追い詰められてからこそ、ミラの真の力が発揮されることはアイロス自身がよくわかっている。
アイロスが彼女を見つめたその視線の隅に・・・何かキラリと光る閃光を見つけた。
「あれは・・・セラ!?」
「ヒューズーっ!!」
制御不能で墜落していくアバター・シュートに向って、超高速で近づいてくる機体がある。
「お母さんの言付けで、セラエンジェルMK‐IIと、アバターをつれてきたよーっ!」
「その声・・・レフィーシアさん!?」
ヒューズはアバター・シュートのコックピットを開く。目の前にグリフォンの顔が見えた。ミストムーン・グリフォンだ。向こうもコックピットが開放され、レフィが元気な姿を見せる。
「さっ、こっちに飛び乗って!」
「え?ちょ、ちょっと・・・。」
「何グズグズしてるの?男の子でしょっ!」
レフィはその言葉を実践するように、自らコックピットを飛び出す。
「レ、レフィさんっ!」
いくらミストが墜落しているからといって、まだここは地上から何百メートルも上空だ。無謀もいいところなのだが・・・。
「ドラゴン・インストール!!」
落ちていくレフィの背中から、龍の翼がメキメキと生え始める。
「うっ・・・ううんんんっ!」
激しい痛みが彼女の身体を駆け巡る。レフィの身体の中に眠るドラゴンの血を一時的に活性しているのである。彼女の瞳が真っ赤に染まる。
レフィは空中で一回大きく羽ばたくと、驚くヒューズとレニを抱え、アバター・シュートから離れ、MK‐IIのコックピットまで連れて行く。
「いきなりの新型だけど、操作系統はセラ・アバターとそんなに変わらないって。それに・・・。」
「お久しぶり、ヒューズ!」
「アバターっ!治ったんだねっ!ごめんよ・・・アバター・・・。」
「うん、許してあげる。」
「・・・難しい操作はアバターがしてくれるから大丈夫だよ。」
ヒューズがMK‐IIに乗り込むと、ミストムーン・グリフォンは天使の姿へと変形する。
「よーし・・・勝負はこれからだ、アイロスっ!」
両手、両足を失ったヴィスペルタルのコックピットに向って、ファンネルが襲いかかる。
「つっ・・・!」
思わず目をそむけるルー。が、そのファンネルが端から爆発していく。
「なにっ!?」
勝ったと思ったシスフィーネの顔から、笑みが消える。
「おっ待たせー!遅れた分の埋め合わせはするわよ!アリノスお姉さんの1回きりの大サービス〜♪」
「マスター、守れるかどうかわからない宣言はしない方がよろしいかと」
「ケイサ、なんで”守れるかわからない”のよ?」
「マスターがこのように派手なこと、1回で満足するとは思えませんので」
「う・・・あんまり反論できないカモ・・・。い、いいのよ!今回は特別なんだから!!」
「特別、ですか?」
「そうよ、特別なの!だからケイサ(と、アリノスのミスト「ブリンク・スピリット」)は見ていていいわよ。」
「いえ、私もブリンクも一緒に戦いますわ・・・。」
ルーの眼前に、今まで行方不明だったアリノス・ファナルキアと彼女のミスト「ブリンク・スピリット」が自分を守るように立っている。
「・・・カトンボがまた増えたか・・・。」
シスフィーネが不快感を露にする。
アリノスは、しかしミストのコックピットには座っていない。ブリンク・スピリットのつくる両手の上に仁王立ちしているのである。
純白の衣装を身にまとい、右手に宝珠を持つ姿は、戦場でさえ、一種の劇場に変えてしまうほどの神秘性を漂わせていた。
「ミカエルが随分懐かしいものを見せてくれたからそのお礼よ、いいもの見せてあげるわ!本物の片鱗って奴をね!」
えっらいノリノリの表情で、彼女は宝珠を握りしめる。と、それは光って一本の杖に変化した。
その宝珠こそ、神の武具に次ぐ破壊力を持った伝説の武器、フレストであった。現在確認できるフレストは、ダースの「黒龍王」、セシアの「風幻の杖」くらいという、全く希少な武器なのである。その分、破壊力は凄まじい。アリノスが艦を空けていたのは、これを取りにサングリア山へ行っていたからである。
「いくわよっ!」
風の精霊を敵に向かって飛んでいく。正確には・・・アリノスの力(フレストの補助つき)に風の精霊の力を借りて、超高圧縮の空気の玉を無数に撃ち出しているのだ。
空気弾がプロテクションを貫通し、マグナギートの装甲にキズをつける。
「なにっ!?」
シスフィーネが驚愕するのも無理はない。空気弾は純粋な空気の固まりなので、エネルギーフィールド系の干渉を受けないのだから。
「さぁ、一番速い玉を撃ち出した精霊(ひと)には豪華賞品進呈よ〜♪」
が、空気弾はマグナギートに炸裂するものの、致命傷とはなりえなかった。精霊が・・・フレスト自身が攻撃をためらっているようなのだ。
「これって・・・。そうか・・・操られているんだ・・・。」
アリノスはフレストの声を聞いたような気がした。
「悪かったね、フレスト・・・。私は誤解したまま一国の王女さまを・・・何も知らないお嬢さんを殺そうとしたんだね・・・。」
が、相手の攻撃はいっこうに止まない。
「マスター、なにしているんですっ!?」
と、同時に荷電粒子砲によってブリンク・スピリットが吹っ飛ばされる。
「ケイサっ!」
ブリンク・スピリットが爆発する。ケイサは何とかコックピットから脱出したが・・・ミストはもう・・・。
さっきの攻撃で大空に放り出されたアリノスは、フレストの力で何とか、空中で静止する。風の精霊の力を借りたのだ。
「でも・・・どうすれば・・・。」
シスフィーネへの攻撃を躊躇するアリノスに向って、容赦のない攻撃が開始されようとしていた。
−その時−
リオとライナスの戦いは、まだ膠着状態を続けていた。
「埒があきませんね。」
一旦ライナスのアムネジアは、トワイライトから距離をおく。まさか接近戦で、剣での戦いで、ミストと互角の戦いになるとは・・・。それほどリオの技量が優れているということなのだろう。
「ならば遠距離で・・・ファンネル!」
アムネジアは接近戦を重視したミスト。よって、長距離での戦闘のハンデを補う為に、ファンネルが装備されているのである。
「あんなものまで・・・。」
「まるでファンネル(オールレンジ攻撃)なければレア機にあらず・・・みたいやな・・・。」
リオのアーテイ、ドレイクが呆れたようにつぶやく。今回、トワイライトはアジュラドレイクに可変できないので、彼はちょっとヒマそうだ。
とはいえ、トワイライトの現在の機動力ではファンネルをかわしきれない。
「ここまでか・・・。」
が、ファンネルはリオの目の前で爆発する。ミストガンの光が、ファンネルを貫いたのである。
「これは・・・。」
爆煙が収まり、リオは顔を上げた。
自分の前に銀青色のミストが立ちはだかり、結界で全ての攻撃を防いでいる。その向こうに、アムネジアに突撃する二回りほど大きなミストが見える。
『…お怪我はありませんか?元菫騎士団長リオ・サージェル様』
銀青色のミストから、少女といっても良い若い女性の声が聞こえた。
「助けてくれたのね。貴方々は…?」
『私、アウシェフェルトと申しますわ。シャイで根性無しで唐変木かつ対人恐怖症な我が主に代わりまして御挨拶申し上げます』
「そ、そう…」
思わず頷きかけるリオ。
アウシェはリオにコックピットを開けるように言った。二人は対面すると、リオの手に何かを渡す。その掌に、小さな紫色のクリスタルが現れた。
『我が主から、これを貴女にとのことですわ。…“人柱の一族”の潜在魔力は大きすぎます。これをお持ちになって下さいな、敵に気付かれにくくなりましてよ』
「!何故、そのことを…、貴方達は一体…?」
「なんだ・・・この威圧感は・・・どこかで・・・。」
ライナスは全力でファンネルを撃ち続ける。が・・・。
「見えるっ!」
突如乱入した蒼いミストは、信じられぬほど正確にファンネルをかわし、撃ち落していく。まるで・・・こっちの動きがわかるような・・・。
「退けっ!お前に・・・私は倒せない・・・。」
「その声は!?まさか・・・いや・・・わかりました。既にアニムンサクシスの命運は尽きました。ここにいる必要はありませんから・・・。」
ライナスは戦場から離れていく。借り物のミストだ。勝てない相手と戦って、下手に傷つけるわけにもいかない。あの人の実力は・・・部下である自分がよく知っている・・・。
それを見送った後、彼はリオを守っているアウシェを呼ぶ。
「少し道草を食った。ラーナ・ドーナへ戻るぞ。」
「はいっ!」
「あっ・・・。」
動き始めたミストを追って、リオは2、3歩踏み出す。が、紫色の結晶を残し、それを振り切るようにミストは機体を浮かせる。
「待って!」
『…幸運をお祈りしますわ』
微かに、寂しげな少女の笑い声が聞こえた気がした。
『私、貴女のことはあんまり好きではありませんでしたわ。でも、“トワイライト”も“ドレイク”も、とても良い子でしたもの…』
2機のミストが飛び去る。リオはただ、それを見送るしかなかった。
「左舷エンジン閉鎖だ。」
ゲルハルトの声が響く。
「各ブロック損害状況を知らせて。」
シリルが整備兵たちとの連絡をとる。
リファはリーベライを抱きかかえ、必死にヒール(治癒)の魔法をかけている。が、彼女の得意魔法は攻撃&ロック系の呪文だ。治療は・・・うまくいっていなかった。リーベライの意識はまだ戻っていない。が、彼女は希望を失っていない。
「信じてるからね・・・あたしとリーベライとの・・・魂の絆を・・・。」
「閉鎖弁をすべてロックます。エンジン・・・切り離しますよ?」
シリルがゲオルグ艦長を見る。アニムンサクシスの左マナエンジンは炎上を続けているのだ。これ以上放っておけば、艦全体が誘爆しかねない。
「・・・そろそろ覚悟をするべきかな・・・。」
ゲオルグは何か思いつめたような顔をした。
再びの衝撃が『アニムンサクシス』を襲う。エンジンの一部が遂に誘爆したのだ。
その振動で再びリーベライとリファが床に叩きつけられる。
「リーベライ、しっかりして!目を開けて!!」
リーベライは頭から血を流して、気を失っていた。いつもの辛辣さをかなぐり捨てて、リファはリーベライに取りすがる。
(此処までかっ…!)
ゲオルグの見詰めるモニターの中で、自軍のミストが次々と墜ちていく。そして、艦のダメージはレッドゾーンに届きつつあった。
「リファ、リーベライはまだ息がある。彼女をつれてアニムンサクシスから脱出するんだ。」
リファは顔を上げる。その目には涙がにじんでいた。しかし、直ぐにいつもの気丈さを取り戻す。
「ちょっとゲオルグ!あなたはどうするのよっ!?」
「私は艦長だ。艦と共に沈む・・・。」
「冗談じゃないわよっ!レィリィはどうするの!?自分の娘を放っておくって言うの、この無責任!」
リファの言葉は、ゲオルグに突き刺さる様だった。だが、長身の軍人は静かに首を振る。
「…頼む。」
そう言って、ゲオルグは微かに笑みを浮かべた。
「私は軍人だ。職責は果たさねばならない。それに、…全員が脱出するまで、艦の姿勢を支える者が必要だ。・・・シリル。」
「はい?」
「総員に退艦準備をさせるんだ。」
「退艦準備ですか・・・。」
「まだ、アニムンサクシスは戦えるからな。これからは、親父に任せて欲しいのさ。」
「どうして、アニムンサクシスは・・・。」
「戦えるさ。それはまかせろ。その後、君もリーベライを抱えてここから離れるんだ。」
「リーベライに触らないで!」
「君が抱えたんじゃいいとこ歩くのがやっとだ。この方が早い。」
「うっ…」
不満げにふてくされるリファの頭に、ぽん、と何かが載せられた。不思議そうにリファが頭に手を遣る。
艦長のしるしである、ゲオルグの帽子が其処にあった。
「君に、預けておく。一番適役だろうからね。…若者は生き残るべきだ。さあ、行け!」
命じられるままに、リーベライの身体を抱き上げたシリルが走り出す。その後を追おうとして、リファは一瞬振り返った。
「預かるだけよ!こんなもの、要らないんだからね!」
オーバードライブ・エンジンを何基か補助機関として付けて置いた御陰で、しばらくは推進力を維持できそうだった。もともとは、リファの負担を軽減するためにウィンターが施してくれていたのだが。
操縦を魔力によるダイレクト・コントロールから手動に切り替え、ゲオルグは片手の指を走らせる。
(士官学校で講義を受けたときは、使うこともないと思っていたが。リファの繰艦をモニタリングしていて正解だったな…)
不慣れな点はあるものの、姿勢を保って敵艦隊に突入するぐらいはゲオルグにも十分だった。出力と角度を状況に応じて修正していく。
最後の救命シャトルが離れたのを確認し、ゲオルグは通信スイッチを押した。
「…『アニムンサクシス』艦長より第13独立部隊、『レイ・フィールド』の全員に告ぐ。本艦がこれより時間を稼ぐ、その間に戦場から離脱せよ。………生き延びてくれ」
(生き延びてくれ、と言う本人が真っ先に死ぬのだから、本末転倒だな)
「ゲオルグ、総員退艦じゃないのっ!?」
その通信を聞いたリオが、艦橋の前までやってくる。
「そうだ。これよりアニムンサクシスは単独行動を取る。ミスト隊は退艦したクルーを守ってくれ。」
何かを理解したのか、リオはぐっと口元をかみ締める。
「・・・了解。」
リオはそれを言うだけで精一杯だった・・・。
通信を切って、ゲオルグはどさりと自分のシートに身を預けた。ふと違和感を感じて脇腹に手を遣ると、ぐっしょりと濡れた感覚があって、掌が真っ赤に染まった。先程の爆発の際に、破片が身体に刺さったらしい。
「だだっこのリファも追い返しましたが、いいですね。」
見ると、背後にウインターの姿があった。
「あたりまえだ。ここまで来て、私の働き場所がないでは、アニムンサクシス艦長の
名前が泣くさ。」
ゲオルグはそう言ってフッと息をつく。
「が、最後をあなたに見取られるとは光栄の極みです・・・。」
「わかって・・・いたのですか・・・?」
「いえ、今ですよ。死ぬ直前だからこそ、神の姿が見えるのかもしれません・・・。」
ウインターはゆっくりと目を閉じる。
「貴方の意思は・・・必ず皆さんに伝わるはずです。いえ、必ず伝えます・・・。特に、レィリィには・・・。」
「・・・ありがとうございます。」
(レィリィ、ジーク、イレイシア…ルミネア………ごめん、みんな)
救命シャトルに乗っている整備兵達は、敵艦隊に突っ込んでいくアニムンサクシスを見つづけている。
「アニムンサクシスはまだ戦えるじゃないか!」
「戻ろうぜ!」
口々にそういう言葉が出てくる。しかし、今は何も出来ないのだ・・・。
「なんだあの戦艦は・・・撃沈寸前なのに・・・鋭く切り込んでくる・・・。」
自分のMG「ヴァンパイア・ロード」の中で、アシュレイは自分の戦艦、ダークロアに突っ込んでいくアニムンサクシスを見つめる。
「だったらその芽は、早々に摘んでおかなければなっ!」
自動操縦による砲撃を繰り返し、『アニムンサクシス』が急迫する。それを止めるために、フィネンス側は砲火を集中せざるを得なかった。
砲撃を浴び、『アニムンサクシス』は炎に包まれていく。が、まだ沈まない。
「なぜ沈められん!?MG隊に攻め込ませろ。」
ダークロア副艦長が忙しく指示を出す。
「オーバードライブを・・・。」
−オーバードライブ−
リファが退艦するとき教えてくれた機能だ。炉を臨界点まで暴走させ、爆発させる・・・。
が・・・。
「させるかっ!」
アシュレイのMG、ヴァンパイア・ロードの猫目が、アニムンサクシスの艦橋を見るために光る。
「遅かったなっ!」
ゲオルグが勝ち誇ったような声を上げた。
その直後、艦橋が爆発する。ヴァンパイア・ロードのMGガンが艦橋を直撃したのである。
艦橋は潰した。たが、アニムンサクシスは止まらない。
「突っ込んでくるぞ。」
「かわせ!かわせんのか!?かわせっ!」
ダークロア艦内は混乱に包まれていた。
「き、きますっ!」
「アニムンサクシスが!」
−炸裂!−
閃光が、灼熱が、爆風が、轟音が、第四艦隊を巻き込んで広がっていく。
「なんだと、我が艦隊が消滅したというのか!?」
アシュレイは呆然とこの状況を見つめていた。
「たった一隻の残存艦で、第四艦隊が全滅だと!?アシュレイめ、この帳尻をどうあわせるのだ!?」
遠くで閃光を見たライナスは、怒りに震えている・・・。
「くっ、戻るぞ!」
「あなたが・・・艦橋を潰した人ね・・・。」
リファは空中に浮遊している。「飛行」の呪文を使っているのだ。その対面にはアシュレイがいる。リファは冷静な言葉遣いをしていたが、怒りは収まっていない。
「そうだ・・・。私の艦隊を守るために当たり前のことをしただけ。」
「あなたの・・・そう・・・あなた、十黒天なのね・・・。」
「そう・・・うわっ!」
アシュレイが何か言おうとした瞬間、彼女のMGの右肩が爆発する。リファの呪文、「分解」が炸裂したからだ。
「これは・・・ゲオルグの分・・・。」
「なっ・・・。」
動けなかった。身体中に鎖が巻かれているような感覚。それがリファの魔法「対立(オポジッション)」だとは知らずに・・・。
「弾けろ、雷の飛磔!『ボールライトニング』!」
続いて雷撃がアシュレイの身体を貫く。
「あああっ!!」
「これは・・・怪我をしたリーベライの分・・・。」
最後に、彼女の両手に炎の塊が出現する。
「そしてこれが、あたしの怒りだぁっ!全てを焼き尽くす焔よ!『ワイルドファイアァァァッッッ(燎原の火)』!!」
「!?」
アシュレイは声を出す暇もなかった。MGが、身体が、全てが灰となる・・・。
「次っ!」
ぎろっとリファは、彼女に近づくもう一体のMGを睨む。
「凄まじい力ですね・・・。」
ライナスは身体中が総毛立つ感覚を憶えた。鳥肌も、立っているかもしれない。
「リーベライをあんな目に遭わせた奴ね・・・。壊しちゃいけないものがなくなったあたしに、敵うと思っているわけ・・・?」
ライナスは相手の気迫に押され、この戦場に戻って来たことを後悔した。しかし、もう逃げられない。体が動かないのだ。彼女の「対立」の空間内に入ってしまったことを今更ながら悟った。ムラマサでこの結界を斬ろうにも、身体が動かなければどうしようもない。
「リーベライの受けた痛みの百分の一でも味わってから死になさい・・・。」
リファの手が、再び炎をまとう。「ジョークルフォープス」と呼ばれる火の呪文の最高ランクに位置する魔法だ。その上には「ターボ・ジョークル」と呼ばれる呪文も存在するが、一発で都市一つは消滅するだろう。
「この世から、いなくなれっ!」
そう叫んで、魔力を発しようとした・・・。
−その時−
「うおぉぉぉっ!」
MK‐IIのミストレスソードがアイロスのフォル・マーログの楯を切り裂く。
「この威力・・・レアクラス以上か!?」
アイロスはMK‐IIの性能に、少なからず驚きを受けた。皇都にこれほどのミストを作る技術があったとは・・・。
と、彼の側面から高出力の拡散エネルギーが襲いかかる。
「ファーレンからの援軍・・・ですか・・・?」
そのエネルギー弾は、残存するMG群をたちまち掃討していく。
「うん、拡散ハイマジックランチャーの調子はいいみたいね。
みんな、お待たせっ!」
「あれは・・・新しいファーレンの戦艦なの・・・?」
ヒューズはアニムンサクシスより一回りは大きいその戦艦、「ミストラルージュ」を見つめる。
「そうよ、ヒューズ、これを!」
セシアがカタパルトから何か長いものを射出する。
「これは・・・『街消滅し』!?」
「そう。これがイーラ大陸に存在するもう一つのドワーフの銃。名づけて『都市消滅し』よっ!」
MK‐IIは「都市消滅し」をその手に掴む。
「これならっ!」
ヒューズは銃の照準をアイロスに向ける。が、アイロスは笑みを浮かべたまま動かない。
「これでっ・・・おわりだぁっ!!」
ヒューズが引き金に指をかけたとき・・・。
−その時−
ヒューズとアイロスの間に、リファとライナスの間に、アリノスとシスフィーネの間に、シュウスイとアグリアスの間に、バティックとアスカーリの間に、それぞれ色彩豊かな五つのミストが割って入ったのである。
「待ってください!戦闘は中止ですっ!」
女性の声だ。
彼女達は戦う意思のないことを見せつける為に武器は持っておらず、コックピットを開け、身体を見せている。やはり女性だ。しかも見覚えのある・・・。
「私たちはアセンズのミスト部隊の者です!私たちは皇都からの命令によって、伝言を伝えに来たのです!」
そう言って彼女達は、各々手に持った書状を広げる。そこにはファーレン皇太子、ミカエルと、フィネンス軍司令、ザンサード、それぞれの署名がしたためられていた。
「只今、ファーレン軍とアイロス軍の間で停戦協定が締結されました!これ以降の戦闘を一切禁止いたします!
もう一度繰り返します・・・。」
「命拾いしたな。」とアスカーリが笑い、「つまらん・・・。」とシスフィーネが不貞腐れる。アグリアスは再び差された水に悔しさを露にし、ライナスはほっと胸をなでおろした。
が、収まらないのがヒューズとリファだ。
「なぜ!?なぜこんなタイミングで・・・。これじゃあ・・・ゲオルグが・・・。」
リファはその後の言葉が続けられなくなる。
ヒューズは・・・。
「このことを知っていたのですね・・・。」
ヒューズはアイロスが動かなかったことを思い出し、そう聞いた。もちろん、身体中から悔しさがにじみ出ている。
「ならばもっと早く!」
「これでも早いほうですよ。これ以上遅れれば、もっとそちらに被害が出たはずですからね・・・。」
アイロスはそれだけを言い残し、戦場から離れていく。その後姿を、ヒューズはただ見つめることしかできない・・・。
「くそっ・・・ちくしょうっっっ!!」
夜が・・・明けようとしていた・・・。
「MK‐IIが・・・泣いている・・・。」
レフィは朝日に照らされたMK‐IIを見て、なぜか涙が止まらなかった。
長い夜が・・・苦い決着が・・・終った瞬間だった・・・。
つづく