「リファ!火器管制は任せる、対空砲火を急げ。ハイマジックランチャー、撃てるか!?」
「撃てるけど・・・艦隊は散開して展開しているわ。柳の下に三匹目の泥鰌はいなさそうね。」
「ボク・・・甲板に上がります。索敵、お願いします。」
「わかった。だが・・・無理はするなよ、リーベライ。」
アニムンサクシスは全砲門を開いて微速後退。
ミスト隊は全機出撃。
ミストブレイカーズはエディーネに侵入。
味方の援護は皆無。
敵の艦隊は退路を断とうと二手に分かれ周り込もうとする。
敵砲艦のマナビームがアニムンサクシスを掠める。
MGが攻撃を開始する。
まだ・・・夜明けは遠い・・・。
霧幻想ミストブレイカーズ2
−MGブレイカーズ−
第四話「エディーネ強襲戦」(中編)
act.1「決闘場にて・・・」
螺旋階段が塔の周りを囲むように伸びている。
「この最上階に・・・決闘場はあるのか・・・。」
ブレイク・ベルウッドは一旦息を吸い込むと、意を決したように一歩一歩階段を上がっていく。
月の光だけが頼りの階段は、ぼうっと浮き上がって見えるだけなので、足もとはおぼつかない。だが、彼は下よりもずっと、上を見つづけていた。
「この塔の頂上に・・・リンはいる・・・。」
恋人、リン・シャオメイを連れ去ったベオウルフ・バーストは、一足先に頂上で待っている。遅れるわけにはいかない。
「そうさ・・・だって約束の時間は今日の0:00の鐘が鳴った時なのだから・・・。」
ブレイクはベオウルフとの初めての戦いのとき(つまり、リンを奪われたとき)、彼から手紙をもらった。・・・というか、ベオウルフが去っていくときに、彼は何かが書かれた紙を置いていったのだ。
もちろんこれは誰にも見せていない。部屋に戻った時、一人でその折り畳まれた紙を開いて読んでみる。
―エンゲージするものへ―
明晩0:00、エディーネの決闘場にて待つ。
・・・突然、彼の背後で妖しげな影絵劇が始まる・・・。
号外少女「号外!号外―!」
娘「私ね、今日ね、今日ね・・・初めてだったの・・・。」
父「何!?お前は父ちゃんに黙って!」
母「どこでだい?」
娘「車の中よ。」
父「何だって!?」
娘「ドキドキしちゃったけど・・・後悔はしてないわ。」
母「初めてなのに・・・よく決心したのね・・・。」
娘「そりゃちょっと痛かったけど・・・大人になった証と思えば辛くないし・・・。
何より帰りにジュースもらえるしー。」
父「・・・何の話だ・・・?」
娘「献血に決まってるじゃーん。」
ブレイク「献血は16歳になってからー。」
「待っていたぞ・・・ブレイク。よく来たな。」
「ええ、おかげでアニムンサクシスを脱走する羽目になってしまいました。
もちろん、後悔はしていませんが。」
半月の背にして、ベオウルフのシルエットが浮かぶ。
狼の名を持っているだけあって、月の光がさす夜は、彼の気力も十分すぎるほど充実しているようだ。彼にとって惜しむべきは、満月でないことであろうか。
「ブレイク・・・来てくれると信じていたわ!」
ベオウルフの背後には、真っ赤なドレスを身に纏ったリンが嬉しそうに佇んでいる。両手には細身の剣二本と、赤と白の薔薇の花がそれぞれ一輪、抱えている。
「リン、私と彼に決闘の用意を。」
「・・・はい。」
彼女はベオウルフに一本の剣を渡し、胸元に赤い薔薇をつける。
続いてブレイクにも剣を渡し、彼の胸元には白い薔薇の花を飾りつける。「頑張ってね。」の声も忘れない。
−カーン カーン カーン・・・。−
0:00の鐘が鳴り響く。
「いくぞっ!ブレイクっ!!」
その音と共に二人の剣が交わった。
「でやぁぁぁっ!!」
「うぉぉぉぉぉっ!!」
キーン、キーンとお互いの剣がぶつかり合い、音を立てる。
「くっ・・・。」
明らかにブレイクにとって不利な戦いであった。もともと神官でしかないブレイクは、ほとんど剣など持ったことは無い。ましてや、相手はまかりなりにも「剣黒天」の称号を持つ相手。勝負が一瞬で着かなかっただけでも、奇跡と言えよう。
かといって、この膠着状態が長く続くとは思えなかった。ブレイクは心労から、最近ほとんど寝ていないのである。身体の疲労の激しさは、本人が良くわかっている。
「ブレイクっ!」
リンが心配そうに見つめている。
「頑張ってっ!」
「ああっ!」
ブレイクの剣に力がみなぎっていく。それほど彼女の言葉は、ブレイクに力を与えるエネルギーになるのだろう。
「ちっ・・・。」
ベオウルフは一旦間合いを外し、一呼吸入れる。
全く剣を握っていない人間の剣筋は、伊達に剣を習っている人間よりタチが悪い。まるで剣の軌跡を予測できないからだ。
「なるほど・・・愛するものの応援ほど、厄介なものはないということか・・・。」
ベオウルフは剣を構えるブレイクに歩み寄っていく。再び間合いが狭まる。
「ブレイク・・・。彼女を、リンを子供扱いするのはそろそろやめたらどうなのだ?彼女はもう心も身体も一人前のレディだ。私がそう教育したのだから・・・。」
「・・・だから・・・どうしました・・・?」
「わからんのか?彼女の身体はもう、子供ではないということだ。」
明らかにブレイクの顔色が変わったのがわかった。
「貴様っ!リンにいったい何を・・・。」
一瞬現れた空白の隙間。それを見逃すベオウルフではなかった。一閃。
パッっとブレイクの胸元から白い薔薇が散り、夜空に花びらが溶け込む。その花びらの舞いを、ブレイクは呆然と見上げていた。
−ゴーン ゴーン ゴーン・・・。−
決闘終了の鐘が響く。
(くっ・・・あんな一言で心を乱してしまうなんて・・・。)
「では、失礼する。」
ベオウルフがリンの腕を強引に引っ張って、階段を降りていく。
「ブレイクーっ!」
だがその声は、絶望でうずくまる彼には、余りにも遠く、囁くような小さな声にしか聞こえなかった・・・。
act.2「エディーネ近くの海岸」
ブレイクとベオウルフの決闘に勝負が着いた頃、リンチュウ・モウ、ジオス・クーガ、二人の戦士は、ここ、エディーネの外れの海岸線に降りたところであった。
「すまないな。ホントは俺も一緒に戦いたかったんだが、フロス島の防備をしろってガイの旦那に言われているんでな。」
龍胆騎士団筆頭、シグルド・シュラハはちょっと残念そうな顔をする。
シグルド。ガイトラッシュ・レイヴン団長の最も信頼するミストランナーである。彼のミスト「マッドヴァリアント」は、現在、フロス島に存在する聖花騎士団のミストの中で、最も高速のスピードを誇るミストなのである。
その性能を認められ、彼はガイの命令のもと、ジオスとリンチュウをエディーネまで高速で送り届けたのである。
彼等の目には、月光に照らされた上空に浮かんでいる艦隊群が映っている。
「イレイザーが・・・アイロスの艦隊が見えないが・・・。」
リンチュウが夜空を360°見渡す。
確かに見えるのは緑のストライプを持つ、第四艦隊の機影のみ。
漆黒の戦艦群を擁するアイロスの艦隊は一隻も見えないのである。
ちなみに各機動艦隊はそれぞれ色で区分けがされているのだ。
アイロスは黒、アシュレイの第四艦隊は緑、ステラの第二艦隊が青、タケミカヅチが赤、ヒカミが白、である。
「既に出撃しているというのか?
フロス島にはいなかった・・・ならば、皇都か!?」
act.3「皇都周辺」
アイロスの艦隊は現在、セレン内海の途中でファーレンの動きを待っていた。
ファーレンのマナレーダーに映った敵艦隊の姿に、皇都は慌てる。
皇都直衛の近衛艦隊だけでなく、フロス島からも多数のミスト隊が応援に駆けつけ、フィネンス軍に対峙する。
「待ってください!我々は戦う意思はありません。今回は交渉の為に来たのです。」
サンザードがイレイザーの艦橋から通信を送る。
「我々はあなたがたファーレンと、停戦の提案を申し出にきたのですっ!」
act.4「エディーネ城地下」
「これか・・・。黒歴史の伝承には伝えられていたが・・・伝説の、パワーナイン・・・。」
ゲルハルト・ミュンツァーは今、パワーナインと呼ばれる伝説のミストの前に立っていた。黒歴史の中で最強と呼ばれていた9体のミストの一つである。
ちなみに黒歴史とは、第一次ミスト大戦の頃の暗黒時代のことを指し、この頃のミストを黒歴史の遺産と呼んでいる。
エディーネの地下に作られた祭壇。その中央に御神体が祭られている。いろいろな飾りが施されてはいるが、間違いない、これはミストだ。
今は全く動かないミストであっても、これは黒歴史の遺産、エディーネの守護神であったはずだ。
だからここはフィネンス軍に占領されていたとしても、神聖な場所として警備が続けられていた。しかし・・・。
「やれやれ、フィネンス人はまだまだ、魔法のなんたるかをわかっていないようだ。」
秘宝の扉を守る兵士たちが、為す術も無く眠りにつく。「ペラドンナの香り」という眠りの魔法だ。魔法なだけあって、防毒マスクなど何の役にも立たない。魔法を防ぐのは護符なのであるが、そんなものをフィネンス兵が常時携帯しているとは思えなかった。
こうしてゲルハルトは、ある意味易々と城内に潜入できたのである。
ゲルハルトはゆっくりと、ミストを様々な角度から見つめる。蒼い機体だ。大きさ的にも、スタイル的にも普通のミストと変わりが無い。
「TIME・・・タイムウォーク・・・か?」
ゲルハルトが胸に刻まれたナンバーを読もうとミストに手を触れた瞬間、突然目の前で光が弾けたような感覚に陥った。その光の中に映る光景・・・。
−燃えるアニムンサクシス−
−城内での舞踏会−
−墜落ちてくる都市−
そして・・・。
−風荒ぶ島・・・。−
「これは・・・。」
目の前がふっと暗くなる。さっきと同じ地下の祭壇だ。目の前にはタイムウォークが無言で佇んでいる。
「私が見たヴィジョンは夢か?まさか、未来の景色とでもいうわけではあるまいな。」
−・・・お待ちしておりました。マスター・・・。−
タイムウォークの目に光が灯る。
ミストが、ゆっくりと機能を取り戻し始める・・・。
‐私の名は「トキ」・・・と申します・・・。‐
「動くというのか・・・?数百年間、誰にも動かせなかったタイムウォークが・・・。」
−私はもともと誰とも戦う意思はありませんでした。だから・・・乗る者全てを拒否して参りました・・・。しかし、今は事態が事態です。それにあなたは妹に・・・そして、私の父に認められたお方・・・。決して悪しき者ではないと信じております。−
「父・・・だと?このミストはMAIで動いているというのか!?」
しかし、シズカ・アークランドがこんなミストを作ったとは聞いていない。
−私は多くのミストメーカーの共同作業によって作られたのです。その中でシズカお父さまは私の中央制御部分、MAIのみを製作なされたのです・・・。−
「だが、なぜこの時期に・・・。」
−あなたは未来を見たはずです。ならわかるはず。今、この世界は破滅に向って突き進んでいます。あなたなら・・・この世界を救える力を持っているはず・・・。−
「私に過剰な期待を持たぬことだ。私はしたいことだけをするだけなのだからな。」
−はい、お任せします。あなたとならどこまでも・・・。−
「こっちか!?」
「ああ、確かにこの辺りで強い黒魔術反応が感じられる。こんな強い魔力の奴は滅多にいない。」
「なるほど、魔力が有り余るってのも、考えもんだな。」
ダース・ルッセとオッドアイが地下階段を駆け下りている。目的はもちろん、レィリィの救出である。オッドアイの魔力探知機が、エディーネ地下に満ちた黒い波動を感知したわけである。これほど邪悪なパワーを持つものを彼等は一人しか知らない。
黒人形師“マイセン・ルアンス”しか・・・。
長い階段が終わり、広い通路に出る。まっすぐな石の廊下が続いており、蝋燭の明かりが通路を照らしてはいるが、それでも光は全く足りない。
「この先にあいつはいるんだな・・・。」
「待てっ!」
再び走り出そうとするオッドアイをダースは止める。
「後ろから・・・誰か来ます・・・。」
ダースの声が冷静で丁寧なものに変わる。戦闘モードの人格、セッダーが顔を出したのである。
「隠れているのはわかっています。出てきたらどうなのですか?」
ゆっくりと暗闇から二人の影が現れる。
「くっ・・・こんな時に・・・。」
オッドアイは剣を構えた。
「二対二ですから互角かもしれませんが・・・簡単には倒せそうもありませんね・・・。」
act.5「魔術都市ラーナ・ドーナ」
「完成よ・・・『セラ・エンジェルMK‐II』・・・。できればこれが・・・私たちの最後の希望になればいいのだけれど・・・。」
銀色に輝く女性的なフォルムのミスト・・・。その前でセシア・フェリアムは感慨深そうにそう呟いた。
セラ・エンジェルMK‐II。五年前の戦いで天帝ロークが搭乗した伝説のミストの後継機である。エンジェルの名がつくように、この機体は天使のように美しかった。華奢で美しい乙女が鎧でその身体を覆ったようなスタイル、その背中には純白の翼が広がり、神々しさを放っている。
「何を呆けているのです?さっさとこれをヒューズ君に届けなければ。」
シズカ・アークランドがレフィーシア・アルナムンを連れて、セシアのもとまでやってくる。
「そうね。レフィ、これをエディーネまで持って行ってあげて。」
「はいっ!」
少しミストに乗って自信をつけたのか、レフィは自信満々で返事をした。
「気をつけてください。これは『ネイ・ミスト』ですから、さっきまで乗っていたミストとは天と地ほどの違いがありますよ。」
「ネイ・・・ミスト?」
その名前はセシアにしても初耳だったらしく、二人揃って眉をひそめる。さすが母娘だと思いながらも、シズカは言葉を続ける。
「『ネイ』は古代ローク語で『〜にあらず』という意味だというのはご存知でしょう?つまりこのミストはミストを超越したミスト、ミストにあらず・・・という意味です。
一応ファーレンでは同じ意味で『ミストレス』と呼んでいるようですが。」
「ミストレス・・・かぁ・・・。」
レフィはセラのコックピットの中でその言葉を繰り返す。
「そう。よろしくお願いしますね、ミストレス。」
モニターに銀の髪の少女が微笑む。復活したアバターである。
「じゃ、行くよっ!アバターっ!」
「はい、ミストレス。」
セラ・エンジェルMK‐IIは一回羽ばたくと、一気に上空にまで飛び出した。そこでMK‐IIはミストムーン・グリフォンの形態に変化する。MK‐IIの高速飛行形態である。このミストレスは可変ミストレスなのである。
「いい?私も後から行くから無理はしないでね。ヒューズにMK‐IIを渡したら、すぐに避難するのよ。」
「はーいっ!」
美しいマナの排気光を放ちながら、MK‐IIが東の空に消えていく。
「さて、私も行かなきゃ。」
セシアもさっさと出立の準備を始める。
「どこにです?」
「皇都よ。そこで新しい戦艦が竣工するの。そのお手伝いね。」
彼女の手にはファーレンからの召喚状が握りしめられていた。
act.6「黒の歌姫」
破壊の女神がゆっくりと目を覚ます。
「くっくっくっ・・・わしを異端扱いした報いを思い知るが良い・・・。」
全身にコードプラグが繋がれた女性・・・ミスティ・レィリィが瞳を開いたことで、マイセンは満足そうな笑みを浮かべた。
「さあ、歌うのだ、『レィリィ・ダーク』よ・・・。」
「ちっ・・・しつこいな・・・。」
「マスター、南方向よりMG小隊、来ます。」
「わかっている。」
ゲルハルトには見えている。数秒後のヴィジョンが。敵が通過するであろう場所にあらかじめミストガンを放つ。と、それに当たりに行くかのようにMGが突っ込み、撃破される。これもわかっていたことだ。
エディーネ上空、突然現れた正体不明のミストにエディーネ駐留部隊は慌てた。アシュレイがいない間に、王都を奪回されるわけにはいかないからだ。過剰とも思えるMG部隊がゲルハルトのタイムウォークを包囲する。
「撃ち落せっ!」
MG各機が次々とMGガンを発砲するが、タイムウォークはそれらの軌道を分かっているように(実際わかっているのだが)回避し、包囲網を突破していく。
「これがタイムウォークの能力・・・なのか・・・。」
数秒先を見通せる能力。それがこれほど絶大な威力を誇るとは・・・。
と、誰よりも早く、ゲルハルトの耳に妖しい歌声が響き渡る。
「これは・・・。くっ、『崇拝』っ!」
アンチマジックバリア、それが「崇拝」である。これで少しの間だが、敵の魔力攻撃を防げるはずだ。
「エディーネ脱出まで、もてば良いが・・・。」
その数秒後、ゲルハルトの恐れた音声攻撃が王都を包み込んだ。
世界中に言いたいの
私はあなたのもの
今なら 天使にだってなれる
「なんだ!?」
MGに乗っていた兵士が驚愕する。辺りの空間が、まるで水中のように奇妙に揺らぎ始めていた。そして、聞こえてくる歌声。
小鳥たちが騒いでいる
今日の予報では 太陽が一億 降るでしょう
突然、鳴り響く音楽。それと共にフィネンス戦艦の上に、またMGのモニターの中に女性の姿が映し出される。その髪の色と同じきらびやかな漆黒の衣装を身に纏い、艶やかに微笑む。…その姿は、以前ファーレン軍を勝利に導いたはずのミスティ・レィリィそのものだった。
飛んでいた戦艦が、MGが、次々と動きを止めて落下していく。
「くそっ…動け!動けッ………うわぁ!?」
『ふふっ…』
モニターの中から、黒いミスティ・レィリィがするりと浮かび出てきて、フィネンス兵士の顔を覗き込んでいるのだ。紅い唇が、彼の直ぐ目の前にあった。
あり得ない筈の芳香が彼の鼻をくすぐる。何故か、とてもいい気持ちに…。
墜落、炎上するMG。
最期を夢の中で迎えられたことは、彼にとって幸せなことであったのだろうか・・・。
地下通路の戦闘はまだ続いていた。
「こいつっ・・・。」
オッドアイは剣を叩き落される。もともと歌を愛す彼にとって、剣の扱いは歌の範疇から外れるものであるのだ。剣ばかりを相手にしていた(と思われる)敵、ふたり組の剣技には敵わない。
天才的な戦闘能力を誇るセッダーにしても、この二人の戦闘センスには互角とならざるを得ないのであろう。膠着状態が続いていた。
・・・と、聞こえてくる歌声・・・。
息がつまるほどのまぶしさ
だって あなたに恋をしたから
「これは・・・レィリィの声!?」
オッドアイの驚きの声に、敵の二人組もぴくっと動きを止める。
「なぜお前がレィリィの名前を知っている?」
「そんなのは・・・。なぁ?」
敵が戦う意思を無くしたため、再びセッダーの性格が消え、ダースの人格が顔を出す。
「俺の花嫁だからだ!」
「おいおい・・・。」
あいも変わらないオッドアイにダースは呆れ果てる。
「・・・とりあえず俺達はレィリィを助けに来たんだよ。これは本当だぜ、リンチュウ。」
ダースはじっと敵の二人組の一人を見つめる。
「その瞳・・・まだ心まではアイロスに取り込まれてはいないようだな・・・。」
リンチュウと呼ばれた男が、不機嫌そうにダースを見つめ返す。
「な、何だよ!?お前等、知り合いなのか?」
オッドアイがポカンとした表情で、対面する二人を見比べている。
「俺にも紹介してもらいたいものだな。」
暗闇の中からもう一人の人物、ジオス・クーガが仮面の下からそう言葉を発した。
「今はお互い自己紹介している場合ではないだろ?目的は一つ。」
「ああ。」
リンチュウの言葉にダースが頷く。
目的は・・・。
レミィ=リジーナ・フォン・リヒター・・・。
act.7「皇都の異変」
「それがフィネンスのやり方か!?表では停戦を提案し、裏ではこのような卑劣な手段を使う!」
ミカエルは男に向って叫ぶ。だが動くことは出来ない。なぜなら、彼がそう悪態をついた相手の腕の中には、愛する姉の一人娘、マニ・ファナルキアが抱かれていたからである。
いよいよ新造戦艦「ミストラルージュ」が出航しようとしたその時、思わぬ乱入者が現れたのである。
それが、“ケアヴィク・ラシーダ”。我々は知っている、第弐話で散った元・十黒天の一人である。
元々十黒天に名を連ねた男だ。彼の実力の前では、皇都に張られた結界など、何の意味も無かったのであろう。上手く造船所まで忍び込んだ彼は、スミレと久々の再会の懐かしさで注意が薄れていたリンネの腕から、マニを奪い取ったのである。
「フン、停戦だと?そんな話など関係ないっ!MGを失い、このような惨めな姿では軍に戻れないんでな。手土産が必要なんだよっ!」
以前サンザードからリストを見せてもらった。強大な魔力を秘める子供達のリストを。その中にマニ・ファナルキアの名前が書かれてあった筈だ。実際、リオ・サージェルの息子、レミエルの誘拐が失敗したときの第二候補として、マニの名前が上がったことは確かなのだから。ならばレアクラスのMGを失った代わりとして、その娘を拉致し、アイロスに取り入るしかあるまい・・・。
既に死んだものとされ、新たなる十黒天が擁立されていることなど、ケアヴィクは全く知らなかったのである。
ミカエルも、リンネも、スミレも、イオスも、誰も動くことはできない。ただじっと彼の動向を見つめるだけだ。
「動くなよ・・・。」
「・・・母ちゃま・・・?」
「マニっ!」
リンネが叫ぶ。今までぐっすり眠っていたマニが今までの騒動で目を覚ましたのである。
「ん・・・?」
寝起きで状況のわかっていない彼女は、きょろきょろと辺りを見回す。そこで初めて、マニは自分が母の腕の中にいないことを知る。
見知らぬ男に抱かれている・・・。その邪悪な気はまだ赤子である彼女にも十分過ぎるほど感じられる。
と、同時にマニの顔がくしゃくしゃに曇り始め、大きな声で泣き始めてしまった。いや、ただ泣くだけではない。それと同時に彼女に眠る莫大な魔力が放出されたのだ。制御しきれない彼女の魔力は、宙を舞う風属性のマナと結合し、電流をほとばせさせる。ライトニング・ボルト(稲妻)だ。
「なっ・・・。」
赤子だと思って油断していたこともあった。しかし、彼は持てうる限りの魔力を使って魔力封じの呪文「禁止」を彼女にかけていたのだ。が、その制御のリミットを超えて電撃が彼を襲う。
「ちっ!」
電撃をかわすため、すぐさまケアヴィクはマニを手放した。小さな身体が宙に舞う。
「マニっ!」
リンネは叫ぶ。たが、何も出来ない。必死でマニの元へ走るが、とても間に合う距離ではない。マニが地面に叩きつけられる・・・そう思われた直前・・・。
「危ない危ない・・・。赤ちゃんは大事に扱わないと駄目でしょ。特に女の子は顔に傷でも負ったら一生恨まれるんだからねっ!」
しっかりとマニを抱きかかえた女性−セシア・フェリアムは−ちょっと怒った顔でケアヴィクを睨みつけている。
「セシア・・・さん?どうして・・・。」
突然現れた彼女の姿にリンネだけではない、その場にいる誰もが信じられない表情を浮かべていた。
「ちょっとね・・・時間を止めさせてもらったわ。あんまり次元に干渉するのは良くないことだから短時間だし、多用はできないけど・・・この娘を助けるくらいいいよね。」
「時間を・・・。」
もはや彼女の強さは次元が違う・・・。神の武具「テンペスト」を持ち、最強の攻撃力を持つリンネでさえ(いや、それ程の力を持つ彼女だからこそ)、そう感嘆するしかなかった。
ところが、以前リオを女性であるが故に軽視し、敗れた経験を持つケアヴィクであるが、その意識はセシアを目の前にしても変わらなかった。いや、認めたくないということか。
「ふざけるな!トリックもいいところだ。
『インフェルノ』!!」
炎の波がセシアを襲う。いや、彼女だけではない。火炎の津波はこの格納庫にいる人間はおろか、新造戦艦ミストラルージュさえ飲み込む程の巨大さであった。
が、
「氷河の壁。」
セシアは顔色変えず呪文を唱える。彼女の周囲に青白いオーラが広がり、収束して一気に炎に向って放たれる。
パキパキパキ・・・という音と共に炎は凍りつき、美しいオブジェへと姿を変えた。
「なにっ!」
「甘いわ。いくわよ、若造。『エレメンタルシフト』!」
セシアが12人へと分身する。いや、風の精霊が、高速で動く彼女の残像を作り出しているのだ。
「スクエアトライアングル!」
三方向から四発の真空波(ソニックブレード)が放たれる。
「うっ・・・。」
大技のインフェルノを撃った後なので、ケアヴィクはカウンターの「対抗呪文」を使う魔力がまだ補充されていなかった。彼の身体が切り裂かれる。が、致命傷ではない。セシアが手加減をしていたからだ。
「死なせないわよ。あなたにはフィネンス軍のこと、いっぱい聞かせてもらうんだから。」
「誰が貴様なぞに!俺は・・・俺は女などという下賎なものに負けはせんっ!」
バシュッ・・・という音が響き、黒い光弾がケアヴィクを貫いた。
「がっ・・・!?」
「なにっ!?」
セシア達の目の前で、ケアヴィクが口から血を吐いて倒れこむ。息はもう・・・していない。
「女性を卑下することは、グラキア様を侮蔑するも同じこと・・・。その罪、死にも値しよう。愚か者めが!」
その場にいる誰とも違う声。一斉に誰もがその声の元へと目を向ける。そこには・・・黒い礼服に身を包んだ中年の男、ザンサードが銃を持って悠然と立っていた。周囲には彼の部下が守るように控えている。
「貴様・・・。」
ミカエルが何か言う前に、ザンサードは彼等に向って頭を下げる。
「この者、既に我々の部下ではありませんが、元はといえば、この者を放って置いた我が軍の不始末。部下の処罰は我々がいたしました。どうぞお許し願いたい・・・。」
「・・・わかった・・・。」
ミカエルは、何か言いたそうなリンネとセシアを制し、ザンサードと対峙する。
今は、かりそめとはいえ停戦の芽をこちらから摘んでしまうわけにはいけない。
「ミカエル様、ザンサード様、こちらへ。会議室の用意が出来ております。」
アルルマータが二人を呼びに格納庫へとやってくる。
「わかりました。」
二人はアルルマータと一緒にミストラルージュから離れていく。リンネもその後に続いた。
が、ミカエルは一旦セシアとスミレのもとへ戻って来た。
「ミストラルージュを頼むぞ、セシア、スミレ。今はあくまで停戦交渉についたばかり。戦いはまだ続いているんだ。『ドワーフの銃』は既に格納してある。
これを早くゲオルグ達、レイフィールドの元へっ!」
二人はこくりと頷くと、早速ミストラルージュのコントロールシートに座る。
ドラゴン・ドライブ・エンジンはその高出力の性能ゆえ、二人のマナドライバーを必要とするのだ。
「いい、スミレ。火器管制は私がするから、あなたには船体制御をお願いするわ。」
「まかせてっ!」
「嬉しそうね。」
「ええ、久々に旦那様の顔が見られるのですもの。」
ミストラルージュがその巨体を浮上させる。
−アテンション!アテンション!セントラル・ウェイを通るものは速やかに避難されたし。
繰り返す。セントラル・ウェイを通る者は・・・。−
皇宮へ続く中央通りが、轟音と共に二つへと裂けていく。そのクレバスから光が上空に向って何本も放たれ、その光の中心にミストラルージュがあった。下からの光は船体を照らすサーチライトの光だ。
船首はゆっくりと南東のエディーネを指す。それを見つめるミカエル。
「ミストラルージュがもうすぐそちらへ向う。心強い味方と兵器を持って・・・。だから・・・。
ゲオルグ、早まるなよ!」
act.8「それぞれの強敵」
その間にもエンシャの森では、アニムンサクシスを取り囲むアシュレイの第四艦隊の執拗な波状攻撃が続けられていた。
リファが攻撃に全力を注いでいる為、アニムンサクシスの防備はゲオルグ自らが「ホーリー・サークル」の結界で艦全体を覆っている。
迎撃に出ているミスト隊は、隊長のシュウスイ指揮のもと、二機で一小隊の新しい陣形を採用していた。
今まで、レイフィールドのミスト隊は、その能力の高さゆえ、個々で好き好きに戦っていた。しかし、これからの戦いは更に激しさを増すであろう。その日を見越した上での編成である。
一小隊はベテランと若手を組ませ、各々をバッアップさせ、生還率を高めるようになっている。
シュウスイの元にはルーシャンが、バティックにはティエラが、ミラの下にはヒューズがそれぞれついている。
「ごめんなさい、まさか敵がこんなに早く動くとは思わなかったの。すぐ直すからっ!」
アニムンサクシスの整備に全力を尽くしていたウィンターは、ほぼ全壊のリオのミスト「トワイライト」の修理まで手が回っていなかったのだ。
「お願い、動くだけで構わないわ。」
リアは外の激戦を見ながら、焦る気持ちをじっと抑えていた。
実際、この二機編成は絶大な成果を上げていた。元々、一機で一小隊以上に匹敵する力を持つ彼等が、組織的な行動をするようになったのだ。成果の上がらないはずは無い。事実、現時点でフィネンス軍の巡洋艦三隻、MGに至っては二十機以上が彼等に撃墜されているのだ。
「みんな気をつけてください!強大な出力を持つMGが三機、こちらに近づいてきます!」
リーベライの代わりに、索敵をやっているシリルが、そうエマージェンシー(非常事態)を発する。
「いよいよ親玉の登場・・・ってか?」
バティックが楽しそうに軽口を叩く。
「そうでござるな。コモン・アンコモンクラスのMGが全く戦線を突破できない以上、レアクラスが出てくるのは当然・・・。
みんな、それぞれ三つの高クラスMGの所に向うでござる!絶対に突破させてはいけないでござる!」
「「「「「了解!!」」」」」
「遂に・・・遂に出会えたなぁっ!バティックちゃんよぉぉぉぉっっっ!!」
「ジェイラム・・・。生きていたとは聞いていたが・・・。心も身体も狂気に取り込まれやがって・・・。」
三機の強大なMGの内、バティックとティエラの前に現れたMGはジェイラムの「堕ちたるアスカーリ」であった。いや、ジェイラム自身がバティックと戦うことを望んだのだろう。
「ククク・・・アシュノッドよ・・・。このわしに楯突くか・・・それもよかろう・・・。」
堕ちたるアスカーリのMAI、アスカーリがティエラに向ってそう言葉を発する。もはや人ではない、機械的な音声・・・。これが自らを機械の身体に埋め込んだ男の末路か・・・。
「教えてもらいますっ!アシュノッドが何なのかっ!」
ティエラのミスト「スプリンター・ダッシュ」(スプリンターの強襲突撃戦仕様)がミストグレイプ(魔力薙刀)を構える。
「おまえのことを考えるたびに身体中の傷が痛むんだよぉ・・・。そんで前頭葉が囁くんだよぉ、お前を倒せ、倒せってなぁ・・・。バティックちゃんよぉぉぉっっ!!」
「だったらその因縁は、俺が叩き切ってやるよ、ジェイラムっ!」
シュウスイとルーシャンの眼前に、巨大な影が迫ってくる。
「よりにもよって・・・最悪なカードを引いちまったな・・・。」
ルーシャンは自分の心の底から湧き上がってくる恐怖を抑えるため、わざと皮肉めいた言葉を発する。
「しかしだからといって、奴をこれ以上アニムンサクシスに近づけさせてはならんでござる!」
「わかっているさっ!」
ルーのヴィスペルタルとシュウスイの御旗楯無がミストガンを撃ちまくる。
が、直前でその光弾は弾き返される。
「ふん・・・たった二機のひ弱なミストで、この『マグナギート』が止められるものか・・・。ファンネルっ!」
巨大MG「マグナギート」の中で、シスフィーネ・エルーリンクが叫ぶ。
背中のファンネルポッドから10の漏斗状の小型砲台が飛び出し、シュウスイ達を襲う。
「くっ!」
二人は避けるだけで精一杯だ。そこに最悪のタイミングで乱入者が現れる。
「見つけたわよ!シュウスイ!今度こそ逃げないでよねっ!!」
拡散レーザーがシュウスイを襲う。
「こんな時に・・・右近!左近!」
御旗楯無の背中から放熱板状の鉄板が飛び出すと、それはクの字に曲がり、ビームのバリアを作る。スピリット・リンクによって動かされるハイ・ファミリアである。
そのバリアがかろうじてビームの束を受け流す。
「あのMG・・・形は少し違うが、エディーネで戦ったMGと同じもの・・・。いやはや、凄まじい執念でござるなっ!」
そう、シュウスイを襲ったMGこそ、アグリアス・ローレイズの「B.A.ライオネス=K」である。前回までの人型MG「ライオネス=H(ヒューマン)モード」から、高出力、高機動型の「K(ケンタウルス)モード」にと武装変換がなされている。これは、ティエラのミスト「スプリンター」(ヘキサ&ダッシュ)同様、あらゆる戦局で使用できるようマルチプルな運用を目指し設計されたものだからである。
シュウスイとアグリアスはもつれるように降下していく。数々の障害物がある森の中では、遠距離からの無線砲台攻撃の威力は大幅に削がれるだろうとお互いが考えた為である。
「ちょっと・・・こんな化け物、俺一人で戦えって言うのかっ!」
ルーが落ちていく御旗楯無に向って叫ぶ。
「今は一旦退くでござる。絶対一人では戦ってはいけないでござる!」
「へっ、冗談!これ以上あいつを進めてはいけないって言ったのはあんたじゃないか。止めてやろうじゃん、俺一人でっ!」
ルーシャンは少しずつ近づいてくるマグナギートをじっと睨んだ。
「・・・ビンゴ☆」
「夢・・・じゃないよね。こんな悪夢なら、さっさと起こしてもらいたいけど・・・。」
ミラとヒューズの前には今、信じられない人間のMGが存在していた。
アイロスのMG「フォル・マーログ」である。
「ミラ嬢・・・でしたね。憶えていますよ。五年ぶりですね。」
さすがにアイロスといえども、自らと互角に戦った少女の名前は忘れてはいなかった。
「そしてそちらが前回戦ったセラのミストですね。お名前を聞かせてもらいたいものです。」
「うるさいっ!」
ヒューズはしゃべる間もなくV.S.M.L(ヴァリアブル・スピード・マジック・ランチャー)を発射する。
「その声・・・女か!?」
フォル・マーログはよける仕草もせず、楯で高出力の光弾を受け流す。ちなみにヒューズはまだ声変わりをしていない。アイロスが女性と思っても仕方がないだろう。
三つの場所で六人の戦いが・・・今始まる。