超音速でエディーネの都が近づいてくる。

 それと共に激しいG(重力)が強襲戦艦アニムンサクシスのクルーに襲い掛かる。

「くっ・・・リファ、バックファイアを!」

 身体を押さえつける慣性に耐えながら、アニムンサクシス艦長“ゲオルグ・フォン・リヒター”が、マナドライバー“リファ・アルフォリア”に叫ぶ。

「もうマナは充填してる。いくわよ。」

 アニムンサクシスの前方が開き、巨大な砲身が姿を見せる。

 それと同時に、リファの座る操縦席前方から拳銃のようなトリガーがせり上がった。

 彼女はゆっくりとそのトリガーに指をかける。

「ハイマジックランチャー、発射っ!!」

 

 「アシュレイ艦長!敵艦が一隻、我が軍に突入してきます!戦艦確認、ファーレン軍旗艦『アニムンサクシス』です!」

 エディーネ上空で待機している、“牙黒天・アシュレイ・アルカード”率いるフィネンス軍第四機動艦隊(旗艦「ダークロア」)は、この区域に超高速で近づく一隻の戦艦を補足した。

「たった一隻でノコノコと・・・。各機迎撃態勢を入れっ!」

 アシュレイの赤い瞳が獲物の出現に輝き始める。

「了解・・・。なっ、迎撃間に合いませんっ!物凄いスピードです。敵艦の射撃レンジに入りますっ!!」

「なにっ・・・索敵遅いぞっ!射出したMGは全力で迎撃へ!砲撃手、主砲、対空射撃急げっ!」

 敵の武器は知っている。ハイマジックランチャーの射程と威力は、ダークロアの主砲を大幅に上回っている。だからこそ24時間体制で艦隊は上空に待機し、すぐにでも迎撃態勢に入れるよう準備をしていたはずなのだ。

 なのに・・・なぜこうも簡単に敵を射程範囲に入れてしまうんだ!?

 各艦隊が遅ればせながら対空砲火を始める頃、一筋の閃光が彼らを貫いた。

 ハイマジックランチャーの光である。

 光弾はダークロアの右舷をえぐり、多くの艦船、MGを巻き込んで爆発した。

−ゴオォォォォン!!−

 数秒後、やっとまばゆい残光と轟音、爆風が収まった艦橋で、アシュレイは目を開き、現状を確認する。

「我が艦隊の損害は!?

 アニムンサクシスはどうなった?」

「我が軍の撃沈艦多数。最低5艦は沈没したと思われます。

 アニムンサクシスは・・・消失しました・・・。」

「消失!?・・・消えたというのか・・・?」

 アシュレイ自身も艦橋の窓から周りを見渡すが、突き抜けるような青い空の前には、白い雲しか見当たらなかった。

 閃光の煌きに紛れて、彼らはすぐに撤退したのだ。それは見事すぎるヒット&アウェイ戦法であった。

 

「・・・向こうの艦長はゲオルグとかいったな。とりあえずさすが・・・とだけ言っておこう。」

 同じく、エディーネ上空で待機していたフィネンス軍第一機動艦隊旗艦「イレイザー」艦橋で“アイロス・シュナイダー”は冷たい笑みを浮かべる。

 第四機動艦隊が楯になったおかげで、第一機動艦隊はほぼ無傷の状態を維持していた。

「しかし・・・いったいどこに隠れたのでしょうか?」

 隣で傅く“大黒天・シスフィーネ・エルーリンク”の疑問に、アイロスは彼方に広がる大森林を見つめる。

「なぁに・・・隠れる場所は限られるものさ・・・。」

 

霧幻想ミストブレイカーズ2

−MGブレイカーズ−

 

第四話「エディーネ強襲戦」

 

act.1「エンシャの大森林」

 鋭い金属音が響く。ゲオルグ・フォン・リヒターの残った右腕から剣が弾かれ、“アニムンサクシス”の甲板の上を跳ねた。なおも瞬時に後ろに下がり、体勢を整えるゲオルグに、“シュウスイ・ロケイト”は剣を納めて終了を告げた。

「此処までにしておくでござるよ」

 二人とも、練達の戦士の彼等にしては珍しいことに息が荒れ、汗ばんでいる。

 呼吸を整えながら、まだ多少物足りなさげに隻眼のファーレン軍人はバスタードソードを拾い上げた。縛って纏めた中身のない左袖が、痛々しい印象を受ける。

「もう少し…いや、そうだね。此処までにしておこう」

「戦の前に疲れ果てていては、本末転倒でござるよ」

 シュウスイの腕前を聞いて、稽古に付き合って欲しいと申し出たのはゲオルグである。そうして始まった打ち合いは、端で見ていた整備兵達が怯えるほど激しいものだった。双方の強さも有ろうが、シュウスイは、ゲオルグが何かを押し殺しながら藻掻いている事に気付いている。

「お疲れさま、お茶をどうぞ。カフェ・リーベライ特製のケーキもあるよっ!」

 可愛らしいエプロンを揺らせて、トレイを片手に“リーベライ・ルート”が駆けてくる。端から見れば危なっかしいことこの上ないが、本人は至って気にしていない。

「おお、かたじけないでござる…では頂くでござるよ」

「ダーファンで、ロラン産の良いお茶が入ったんだ☆アイスティー、どうぞっ」

「番茶はないでござるか?」

「バンチャ…って、何?」

 小首を傾げるリーベライ、遠い目で溜息を付くシュウスイ。ゲオルグはそんな彼等を少し離れて見守っている。目が微かに笑っていた。

「艦長も、はい!」

「有難う、頂くよ」

 軽く礼を言って、ゲオルグもグラスを受け取る。

 お茶の時間はかき入れ時らしい。また忙しく走っていく少女を見送りながら、異国の剣士と帝国軍人は並んで腰を下ろした。

 しばらく、双方とも無言だった。空の青さが、まるで今が全くの平時であるような錯覚を起こさせる。

 だが、ゲオルグの娘の“レミィ=リジーナ・フォン・リヒター”…レィリィが敵の手に落ちたのは、つい先日のことだった。以来、その消息は全く掴めないで居る。父親であるゲオルグはそれを聞いたとき、微かに表情を変えたのみだった。そして、それ以後も全くこれまでと変わらず淡々と任務をこなしている。冷淡な人間だと陰口を叩く者もあった。しかし、剣を交えたシュウスイには、彼の底に深い懊悩が渦巻いていることがわかる。

「ゲオルグ殿」

「何か、シュウスイ殿」

「娘御は…レィリィ殿は無事でござるよ。そして、必ず助け出すでござる」

 赤毛の軍人は、視線を僅かにシュウスイに向けたが、また遠くを見る目になる。

「ああ」

 そして、自分に言い聞かせるように呟いた。

「…信じている」

 

 アニムンサクシスを囲む木、木、木・・・。

 周りは全て薄暗い針葉樹の森が続いている・・・。

 エディーネの艦隊に一撃を叩きつけた彼ら、ファーレン軍第十三独立部隊「レイフィールド」は、現在、エディーネから数十キロ南下した樹海、エンシャの大森林の中で羽を休めていた。

 芸術都市アセンズからカタパルトハンマーで射出されたアニムンサクシスは、超速でエディーネに突入。

 直後にハイマジックランチャーを炸裂させ、その推進力でもって急速停止、及び逆進をかけ転進。

 一気にエンシャの大森林まで撤退したのである。

「いくらなんでも、ハンマーカタパルトに射出されるがままエディーネに突っ込むのは無謀と言うものだ。無謀は好む処じゃない。・・・ミカエル様も、『足止めできればいい』とは言っていたからね。」

 ゲオルグは自分の立てた作戦に、そう理由をつけた。

 そしてその作戦は成否は・・・言わずもがな、であろう。彼らは何の損害もなく、一瞬のうちに(一時的にせよ)エディーネの戦力を削ぐことができたのだから。

 ・・・が、ここでそのまま逃げてしまっては、再び相手の戦力が再建されるだけである。もちろんそれを黙って指をくわえて見ているわけにはいかない。

 そのために・・・。

「あれっ・・・?」

 アニムンサクシスの格納庫で、“レーニ”と一緒に自分のミスト「アバター・シュート」の整備をしていた“ヒューズ・メタル”は、自分の銃「街消滅し」が、キィーンという甲高い音と共に震えているのを感じた。

「これは・・・共鳴?そんな・・・イーラに来てこんなことが起きるなんて・・・。」

 ヒューズの持つ銃はフィネンス製の武器である。イーラの人々はこれを「ドワーフの銃」と呼んでいる。

 このドワーフの銃には特殊な能力がある。

 それが共鳴である。

 ヒューズがフィネンス大陸にいた頃はこの現象が良く起きていた。

 それが仲間を探す決め手になっていたのだが、まさかイーラに来てまで、同じドワーフの銃を持つ者に出会えるなんて・・・。

「ここか?レイフィールド・・・ってのは・・・。」

 二人の男女が森の奥から現れた。

 その一人が周りをきょろきょろ見渡しながらアニムンサクシスに近づいて来る。

 その目の鋭さは、妖魔の血を継いでいると一目でわかる、妖魔人の青年だった。

「たぶん・・・こんなでっかい船があるからね。

 ・・・でもアニキ、うっさいよ。その音。」

 その青年を「アニキ」と呼ぶ少女。

「しょうがないだろ。鳴っちゃうんだから。

 でもさ、この音が導く通りに来たから、こんな森に迷わないでここまで来れたんだろ?感謝しなきゃ。」

 彼はそう言って懐から銃を取り出す。その銃こそ「ドワーフの銃」。ヒューズの持つ銃と同じ、フィネンスのオーパーツである。

 そしてイーラ大陸でこの銃を持つものは一人しかいない。

 “ザート・スターム”しか・・・(詳しくは第壱話「イーラ降下作戦」参照)。

 そしてその隣の少女は、彼の義理の妹“ステア・スターム”であろう。

「君達は・・・?」

 すぐさま戦艦から飛び出たヒューズは、不思議そうに彼らと彼の持つ銃に目を向ける。

「私が呼んだ。君たちは・・・エディーネ・レジスタンスの一員だね。」

 ヒューズの後ろから男の声がした。見ると片手にティーカップを持ちながら、ゲオルグ艦長が悠然と彼らを見つめている。

「エディーネ・レジスタンス?」

「ああ、母方の実家がエディーネの商家でね。つまりこちらの商人ギルドに私の従兄弟がいるわけさ。彼らが資金源となって、レジスタンスを結成している。フィネンス軍のせいで関税が上がったと嘆いていたからね。喜んで協力してくれるそうだ。」

「じゃあ、彼らが・・・。」

「別に好きでレジスタンスに入ったわけじゃないし、好きでここまで来たわけじゃない。

 ただ、寝たきりの母さんがエディーネに残っている・・・。

 だから・・・どうしても俺は自分の街を取り戻したいんだ!」

「ボクたちはお願いしにきたんです。

 どうかボクたちと一緒に、エディーネ奪回に協力してくださいっ!

・・・でも、街は破壊させないで欲しいんです。」

ザートとステア、それぞれが、それぞれの言葉を発する。

「わかっている。その為に君たちの協力が必要なんだ。

 聞くところによると、今のエディーネ駐留艦隊の司令官はあまり呑気な人物でもないらしい・・・。生真面目で、プライドが高いとね。

 だから、必ず向こうからエディーネを出てきてくれる。私たちを追ってね。

・・・それを・・・叩く!」

 

「わかっている・・・か。ならば・・・お前がそう思っているならば・・・すぐさまこの聖域から出るのじゃ!」

 森中に老人の声が響く。

「なっ・・・。」

 幹の間から、葉の隙間から、枝の端々から異形の目が、レイフィールドの面々をぐるりと取り囲んでいた。

「エンシャの森を統べるもの・・・。葉の王“エラダムリー”か!?」

 “アリノス・ファナルキア”が甲板に出て、そう叫ぶ。

「ほほう、わしを知っておるとは・・・何者だ、お前?」

 木々の陰の谷間から長身の老人が出現する。その耳は鋭く尖っていた。

 その後ろには同じく、長い耳が特徴的な若者達が大勢で、アニムンサクシスを囲んでいる。

 誰もが皆、長身の美男美女ばかり・・・。

 エルフだ。人前にはほとんど姿を見せない幻の種族が今、アリノス達の前にその稀有な姿を現したのだ。

「あら、あたしはただの冒険者よ。」

 とアリノスはエラダムリーの質問に前置いた上で、

「いい、ここはエンシャの大森林。あたしたち人間が滅多に入れない、厳正なるエルフの森よ。

 その中で一番偉いエルフがエラダムリーなんて、有名すぎる話だわ。」

「フン、わしらは有名になるほど、人前には出ておらんがな。

・・・どちらにせよ、お前達はここからすぐに出て行くのだ。」

「無理よ。ここを出ろってことは、あたし達に死ねと言っているようなものだもの。」

「貴様・・・。」

 エラダムリーはムスっとした表情でアリノスを見つめる。

 そんな冷たい視線を笑顔で受け流すアリノス。

 そんな二人の間に入ったのが、アリノスのMAIRA“ケイサ”だった。

「待ってください。私たちはイーラを守るために戦っているのです。イーラを守ることは、結果的にこの森も守ることにもなるのです。

 どうか私たちに協力をお願いします。」

 ケイサの言葉にも、エラダムリーは表情一つ変えない。

「おぬしらが主、ミカエルに伝えよ!このエンシャの森は太古より我らエルフの聖地なり・・・。お前達人間の使う巨人や、妖精たちとの多少の戯れ事は大目に見よう!

 だが・・・この地に国家間の企て、争いを持ち込むことは許さぬ!いかなる時代、いかなる場合になろうと・・・。

 この森を国家の管理下におこうと思うな!人によってこの地を支配しようと思うべからず!

 過去、未来に亘り、この森は我らと人間以外すべての自然のものなり!」

 エラダムリー達はそう言い残して森の闇へ消えていった。

「やれやれ・・・ファーレンに嫌われ、エディーネに嫌われ、エンシャの森に嫌われ・・・。

 本当に俺達はイーラの為に戦っているのねぇ・・・。」

「腐るなバティック。その為にレジスタンスがいるのです。敵を僕達に釘付けしていれば、必ず彼らがエディーネを奪回してくれますから。」

 不貞腐れたような顔をする“バティック・ライツァ”を、“ブレイク・ベルウッド”はそう言って励ます。

「俺は・・・あんたの方が心配だよ。昨日・・・寝てないだろ?」

 確かに・・・ブレイクは昨日から・・・いや、彼の恋人“リン・シャオメイ”がフィネンス軍にさらわれた時から、ほとんど睡眠をとっていない。眠れないのである。

 彼は自分を責め続けている。目の前で、彼女が奪われるのを止められなかった無力な自分・・・。

 そのやつれた姿はバティックが見ても痛々しいものだった。

 

「艦長・・・。」

 そんな彼が艦長室を訪れたのは、エラダムリーが去り、スターム兄妹をゲオルグが自室に招き入れた時だった。

「どうしました?」

 ゲオルグは、リーベライの入れてくれたお茶とケーキを美味しそうに頬張っているスターム兄妹をちらと見てから、ドアの前に佇むブレイクのもとへ向かう。

「ぼくも・・・彼らに同行してエディーネに行きたいのです。エディーネ・レジスタンスの一員として戦いたいのです。」

「それは・・・。」

 ゲオルグは困惑した。ブレイクの気持ちは痛いほどわかる。できれば自分でさえ、剣一つ持ってすぐにでもエディーネに殴り込んでレィリィを取り戻したい気分だった。

「だが・・・それは無理だ。君はいつもの冷静さを失っている。戦場では何よりも心の安定が必要とされる。第一そんな身体では満足に戦うことだって出来ないはず。今は休むんだ・・・。」

 

「やはりゲオルグは許してはくれなかっただろう?」

 艦長室から失意の表情で出たブレイクを、“リンチュウ・モウ”が呼び止める。

「だから私達は勝手に出て行くことにする。」

 リンチュウは淡々とそう言葉を紡いだが、リンを救いたい気持ちは師匠も同じなのだ。

「前の戦い(ダーファン包囲戦)では全く戦い足りなかったしな。」

 と、“ジオス・クーガ”も付け加える。

 彼にしては、それが本音であろう。

「私もいよいよ実戦なんですよ。」

 ジオスの弟子、“シルエスティア・オブデロード”(シリル)もそこはかとなく嬉しそうだ。

「そうか・・・。ぼくもゲオルグ艦長に逆らうのは不本意なんだけど・・・場合が場合だけに行かせてもらう!」

「ならば膳は急げですっ!行きましょう!」

「善だろ・・・それは。シリル・・・。それよりもジオス。」

「なんだ?リンチュウ。」

「急がば周れ、だ。一度フロス島へ戻るぞ。お前の次元移動ならすぐだろう?」

「それは構わないが・・・なぜ戻るんだ?」

「お前の武器の修理が終っているのだよ。それからシリルの武器もな。」

「ええっ!本当ですかぁ!!」

 シリルの瞳が輝いている。

「わかった。エディーネに向うのはその後だな。」

「ついでにエディーネまで瞬間移動できればいいのだがな。」

「悪いな、一度行った場所しか次元移動できなくて。」

 それがジオスの次元移動技「空間転移」の弱点であろう。

「そうですか・・・。では僕は一足先に、ザートくん達と一緒にエディーネに向っています。

 エディーネに着いたら、街の中央にある革命記念碑で合流しましょう。」

 ブレイク自身、艦を出る覚悟を決めた為か、久々に生きた瞳になっていた。

「わかった。健闘を祈る・・・。」

 

 そしてまた、ここにももう一人、勝手に艦を抜け出す人間がいた。

「マスター・・・?その衣装は確かスピラミラビリス劇場の・・・。」

「そそ、ちょっと拝借してきたの

 アニムンサクシス内の休憩室では、場違いなほど時代がかった、豪華絢爛なドレスを身に纏ったアリノスが、得意そうにケイサにその姿を披露していた。

「道理で少々サイズが合っていないと思いました。特に胸が。」

「うるさーい、しょうがないじゃない、あたしの服じゃないんだから。」

「マスター、しばらく動かないでください。」

 思わずこぶしを上げようとする腕を、ケイサは無表情で抑える。

「何するの?」
「仮止めですが、寸法を合わせます。」

 そう言って、ケイサは懐から裁縫セットを取り出す。

不器用な主人を充分フォローする、よくできたMAIRAである。

「あくまで仮縫いなので、あまり激しく動かれると取れてしまいますが・・・。」

「あ、大丈夫、あたし自身は今回つっ立ってるだけだから。」

「ちゃんと汚さずに返しましょうね。ミカエル様達に怒られますよ。」

「・・・大丈夫・・・だと思う・・・。」

 とんとんとん・・・と階段を上がって、一人の青年が休憩室に入ってきた。

 ミストマイスター“ウィンター・フォール”である。調度ミストの整備が終って一段落したのだろう。いつもは長いスカートと、胸を強調し、肩を出した女性っぽい服装が印象的な彼だが、今は仕事の真っ最中らしく、動きやすいラフな格好で、その長くウェーブがかかった金髪も、後ろで束ねている。

「こんにちは、アリノス・・・さん。その格好はどうしたの?」

「あーらウィンターさん、お元気ー?あ、これ?うふふ、綺麗でしょ。」

「え、ええ、よく似合ってる・・・わよ。」

 ウィンターもちょっと羨ましそうだ。

「でもそんなの着て何するの?」

「た・の・し・い・こ・とま、整備士さんはのんびり眺めててね〜。」

 ウィンターの顔がぴくっとちょっと引きつる。

「何をやる気だお前は・・・」

「あら、だめじゃない口調変わっちゃ。その辺はまだまだね。

 アークにも言われなかった?変装するなら徹底的にって」

「あ・・・おほほほほほ・・・私としたことが、はしたないですわ。

・・・って、いいだろ、今は俺とお前しかいないんだから」

 ちなみにアークとは、天帝ロークに仕える天使の一人、“幻影のアークランド”のことである。

 天帝ロークが人間の姿になって人間界に遊びに行くことを喜んで協力してくれる、数少ない味方なのだ(もちろん他の天使たちはロークが人間界に行くことに難色を示している)。

 名前からわかるとおり、ミストメーカー“シズカ・アークランド”の育ての親である。

「ま、いいけど。今回はね、ちょっと昔を思い出して後輩にいい物を見せてあげようと思ってるの

そのためにちょっと出かけてくるわね。じゃっ!」

「あ、おいっ」

「・・・それでは失礼いたします、ウィンター様。」

 さっさと出て行ったアリノスを追うケイサが、ペコリとお辞儀をして、扉を閉めていった。

 

act.2「魔術都市ラーナ・ドーナ」

シズカ・アークランドは機嫌が悪かった。

 もっとも、この尊大な魔導師はいつでも何かしら不機嫌な顔をしているのだが、その時はいつにも増して温度が低かった。

「何だってそこまでアーティを嫌うわけ?」

 育成槽を前にして、美しい銀の髪の女性が問う。

「アーティそのものは嫌いじゃない、アーティを作る奴が嫌いなんだ」

 剣呑な目つきを隠そうともせずに、片手でメモを取りながらシズカは答えた。やれやれ、と銀色の髪の女性…“セシア・フェリアム”は溜息を付く。

 元々魔法生物用の、急遽調整された育成槽の中には、たおやかな少女が一人浮かんでいる。まるで眠っているような、おだやかな表情。少女の名は“アバター”という。

「…偏頭脳の兄弟子は連絡一つよこしやがらん、出来の悪い弟弟子は飛び出して行ったまま帰ってこない、腐れ縁の友人は一つ仕事が終わったらよりにもよって俺の一番嫌いな仕事を回して来るときた、とどのつまりに最新作のMAIRAはあの女に勝手に持ち出されたまま行方不明…」

 ばき、とシズカの手の中のペンが真っ二つに折れた。セシアの娘の“レフィーシア・アルナムン”が後ろで首を竦める。

「くっそぉー、あんな女にくれてやっちまった!!ちくしょう、ウィンターにやつ当たりしてやる―――っ!!」

「わー、シズカさーん、気を確かにーっ!!」

 

「まったく…あんまりうちの娘を怯えさせないでちょうだい?」

 ミストの装甲の端材を手にセシアはにこやかに微笑んだ。シズカはといえば、セシアに貰った後頭部への一撃の所為でまだ突っ伏している。

「…ねえ、ボクにお手伝いすることはもう無いの?」

 その様子に心配げに横目をやりながら、レフィは母親を見上げる。セシアはその髪をそっと撫でた。

「そうね…あなたには、『セラエンジェルMKII』とアバターを届けて貰わなきゃいけないけど、まだ少しかかりそうだし…。」

 その言葉に、少し残念そうにレフィは俯いて頬を膨らませた。

「…そうだな。手持ち無沙汰もなんなら、…“エレアノール”!」

 頭を抑えながら、顔を上げたシズカが通信回線を開ける。通信画面の向こうに、儚げな黒髪の女性の姿が映った。

『…はい。』

「格納庫のミストを一つ、動かせるように準備してくれ。…そうだな、“クローシス”あたりがいい」

 やりとりを聞くうち、レフィの顔がぱあっと明るくなる。

「もしかして…ミストに乗せてもらえるの!?」

「セラを持っていくんだ。扱い方を知って置いて損はないだろう?」

「やったぁ、ありがとうシズカさんっ!」

 早速飛び跳ねるようにレフィは駆けだしていく。その後ろ姿を微笑ましげに見送ってから、セシアはちらりと通信画面に目を遣った。

「…アーティは嫌いじゃなかったの?」

「………ああ、大嫌いだ。」

 

act.3「皇都ファーレン・地下ミスト工房」

 何十ものライトが暗い工房の中に横たわる巨体を照らしていた。

「ミカエル様、ドラゴン・ドライブ・エンジン搭載、完了いたしました。『ミストラルージュ』、完成でございます。」

 満足そうな表情でその巨体−ファーレン軍次期旗艦「ミストラルージュ」−を見上げる“ミカエル・ファナルキア”の隣で、この戦艦の設計、開発を担当した“イオス・ヴェスト”がそう報告をする。

 初めてドラゴン・ドライブ・エンジンを搭載した、次世代戦艦完成の瞬間であった。

「いくら戦時下とはいえ、我が軍の旗艦になるべくして建造された戦艦が、何の落成式典もなく出航とは・・・寂しいものだな。」

 苦笑するミカエルに優しい声がかかる。

「いえ・・・でもこれが私たちの希望であることに変わりはありませんわ。

 ・・・ねぇ、マニ。」

「あうー・・・。」

 それがミカエルの姉、“リンネ・ファナルキア”と彼女の娘、“マニ・ファナルキア”である。

「では起動に入りたいと思います。」

 イオスはそう言って、自ら艦内へと入ろうとする。

「待て。」

 それをミカエルは遮る。

「なぜイオス、お前がコントロール室へ行く?」

「もちろん、動かす為でございます。この艦の起動には、やはり強大な魔力を持つ人間が必要でございますから。」

「ダメだ。お前はこれからもここで我が軍のミストの、ドラゴン・ドライブ・エンジンの換装作業に従事してもらう。お前がいなければ、話にならんのだ。」

「しかし、このファーレンで他にこれを動かせるくらいの魔力を持つものは、“アルルマータ”くらいしかいませんぞ。」

「だから私を呼んだってわけ・・・?こっちはもう引退した身よ。いい加減にして欲しいわね。」

 不機嫌そうな女性の声が、ミカエルの後ろから聞こえた。薄暗い闇に隠れるように、黒い服、黒い髪、黒い瞳の美女が佇んでいた。

「しかしこれが貴女の夫を助けることにもなるのです。」

「・・・そうね。私の国の女は、夫の為に全てを尽くすのが務め・・・。夫の・・・シュウスイの為なら、喜んで協力いたしましょう。」

 黒髪の女性、“スミレ・ロケイト”は初めて笑顔を見せた。

 五年前、ローク教最強の六人の騎士、「六花公」と双璧を為す三人の女性がいた。

 それが「聖花三銃士」。

 そのリーダーこそが彼女、スミレ・ロケイト(旧姓スミレ・セプテンバーラヴ)であった。現在は許婚でもあったシュウスイと結婚し、幸せな家庭を築いていたのであるが、今度の戦争勃発に至り、夫は出兵。そして強力な魔力を持つ妻のスミレにも、遂に召喚状が届いたのである。

「フフッ、でもこれで何ヶ月かぶりに旦那様に会えるのね・・・楽しみだわ・・・。」

 うっとりと夫の顔を思い浮かべるスミレ。

 だが、心の奥底にちょっぴり不安がよぎる。

「まさか私がいないからって・・・浮気しているなんてことは・・・ないわよねぇ・・・。

・・・だとしたら・・・許さないわよ・・・。」

 

act.4「アニムンサクシス内ブリーフィングルーム」

 ぞくっとした悪寒が、シュウスイの背筋を通り抜けた。

「どうしたんです?」

“ミラ・カタロニア”が心配そうにシュウスイの顔を覗き込んだ。彼女の長い髪が彼の頬をくすぐる。

「な・・・なんでもないでござる。」

 急に顔を赤くして、彼はミラを離した。結婚して数年たった今でも、シュウスイの女性恐怖症(というか、単に女性が苦手なだけなのだが)は克服されていないようである。

 もちろん五年前の戦いから一緒だったミラは、それを承知でからかっているのだが。

「でもお顔が赤いですよぉ。熱でもあるのではないですぅ?」

 しかしそれを知らない“ルーシャン・ウィルヴィール”は、心配そうにシュウスイの額に自分のおでこを当てる。ぴとっ。

「うわぁぁぁっ!」

 年甲斐もなく、思わず大声を上げるシュウスイ。

「えっ・・・ど、どうしたんです!?」

“ティエラ・スペクター”もいつもと違うシュウスイに驚いて、急いで彼のもとへと駆け寄った。

よって、シュウスイは三人の美少女に囲まれるという、最悪の状態に陥ってしまったわけである。

それを微笑ましそうに見守るだけの“リオ・サージェル”・・・。

アリノスとバティックがそれぞれ、ケイサとルータを連れてブリーフィングルームに入ってきたのは、そんなタイミングであった。

「見てみてー、この衣装・・・って・・・あなたたち何してんの?」

「私たちお邪魔だったのでしょうか・・・。」

「おっ、シュウスイ。何羨ましいことやってるんだよ。」

「シュウスイさま、不潔ですわ!」

「な、なんでそうなるでござるか!」

 

 ・・・と、まあ、一通りのお約束が終了して・・・。

「コホン・・・。」

 ヒューズとレーニが遅れて入ってきた時、ブリーフィングルームでは、既にレイフィールドのミストランナー達の作戦会議が始まっていた。

「・・・以上、艦長殿の作戦は、敵の目をこちらにできる限り引きつけさせ、その間にエディーネ・レジスタンスが都を奪回するというものでござる。」

「・・・。つまりまた、俺達は囮役ってことだな。」

 バティックがこの作戦の本質を一言で述べる。

「だから、あたしらのすることは攻めることではなくて、守ること・・・。

 できる限り敵に墜落とされないよう逃げ回る・・・ってことね。」

「さすがレーニ殿。この作戦をよく把握しておるでござるな。」

「伊達にダーファン・レジスタンスはやっていなかったからね。」

 その隣で、ヒューズがきょろきょろと辺りを見回す。

「あれ?そういえばアリノスさんは?」

 彼はミストランナーが集うこの席で、彼女がいないことに気がついた。

 さっき、とても戦闘服とは思えない派手な衣装を身に着けて、ウロウロしているところを見たが・・・。

「ああ、それなら・・・。」

 ティエラが説明する。

「『ちょーっと寄り道してくるから〜♪(から〜 から〜)』(ドップラー効果)・・・って言っていましたよ。」

「うむ・・・彼女のエネルギーストームはこういう乱戦には重宝するのでござるが・・・。仕方ないでござるな。」

 シュウスイは少し残念そうな顔をしたが、すぐに顔を引き締める。

「とにかく、作戦開始は明日の早朝・・・日の出と共に発動でござる。各自、それまで充分仮眠を取って置くように。

 では、解散!」

 

act.5「エディーネ上空」

 「索敵班!すぐにアニムンサクシスを探し出せ!見つけ次第総攻撃をかけるぞ!」

 戦艦「ダークロア」の艦橋では、怒りに燃えたアシュレイが、急ピッチで反撃の準備を開始させていた。

 とはいえ、出撃できる艦艇は限られる。最低でも半分の艦船はエディーネの防衛に残さなければならないからである。

 もちろんエディーネには、アイロスの第一機動艦隊が駐在しているのだが、さすがに、アイロスに留守番をさせるわけにはいかない。

 更にハイマジックランチャーの照射によって、三隻の重巡洋艦と、その内部に収容されていたMGが灰と消えたのだ。

 もちろん軽巡や駆逐艦、MGの損害はその数の比ではない。

 よって、旗艦を中心とした小規模な追撃艦隊(とはいえ、それでも小型の強襲戦艦など、10回殲滅するには十分の)が編成された。

「どうです?アニムンサクシスは見つかりましたか?」

「あ・・・アイロス様!」

 艦長室のモニターに浮かび上がったアイロスの姿に、アシュレイは慌てて敬礼をする。

「よいか、ダナリアに駐留している者以外の十黒天は全て、イレイザーに集合せよ。

 これからの戦略についての作戦会議を行なうのでな。」

「はっ!すぐにはせ参じます!」

 

 イレイザー艦内の会議室では、ダナリアにいる二人の十黒天以外の全員が勢ぞろいしていた。

 円卓の、扉から一番離れた位置にアイロスが座っている。その右隣には大黒天・シスフィーネ・エルーリンクが、左隣には“死黒天・ザンサード・ロイエイル”がそれぞれ控えている。どちらもアイロスの右腕、左腕を自負しているのだろう。

 シスフィーネの隣には、彼女の監視役でもある“剣黒天・ベオウルフ・バースト”が座っているので、“慟黒天・オッド・アイ”は彼の一つ飛びの椅子に座ることに決めた。ベオウルフの隣の席を空けておかないと、アシュレイが煩いのである。そんなとばっちりはさすがのオッドアイとて受けたくはなかった。また、レィリィのこともあってか、ザンサードの隣にも、対面にも彼は座りたくなかった。

 成り行きで、“妖黒天・ダース・ルッセ”もオッドアイの隣の席に着く。

 “機黒天・アグリアス・ローレイズ”はダースと同時に十黒天の仲間入りをした女性だ。そういう意味で、彼女はダース以外の十黒天とは馴染みが薄いわけで・・・必然的に彼女はダースの隣に座ることとなる。

 最後に入ってきたアシュレイがベオウルフの隣の席に腰を降ろした時、会議室の二つのモニターに光が宿り、人の顔を映し出す。

 ダナリアにいる二人の十黒天、第二機動艦隊旗艦「WIZ−DOM」艦長“魔黒天・ステラ・パラケルスス”と、もう一人、“零黒天・THE−O(ジ・オ)”である。

「あいつが・・・THE−O・・・。」

アグリアスはモニターに映る無表情な青年の姿をじっと見つめる。

THE−O。十黒天の中で最も神に近いと言われている男・・・。

 THE−Oとはもちろん彼の仮の名前である。本名は誰も知らない。いや、本名だけではない。彼の素性、年齢、魔力、全てが謎に包まれているのだ。

 しかし、その不思議な力は驚異的ですらある。なぜなら彼の前においては、物理的、魔力的関係なく、全てのダメージが無力と化すからである。彼には誰も傷つけることは出来ない・・・。

 しかし、その特異な能力を彼はほとんど生かしてはいない。THE−Oはその名の通り、その称号の通り、“0”であり“∞”であるから。「全能」であり「無能」であるのだ。

 彼には欲というものが感じられない。何も求めず、何も与えない人物。アグリアスには、それぐらいのことしかわかっていない。だから未だに十黒天の中でも低い位置に甘んじているのだと。そう言われて見れば、あの涼しい顔も悟りを開いたような顔に見えるから不思議だ。

 これで・・・十黒天全員が揃ったことになる。

 大黒天・シスフィーネ。

 死黒天・ザンサード。

 剣黒天・ベオウルフ。

 慟黒天・オッドアイ。

 妖黒天・ダース。

 牙黒天・アシュレイ。

 機黒天・アグリアス。

 魔黒天・ステラ。

 そして・・・零黒天・THE−O。

「今回の議題は、これからの戦略について・・・である。」

 ザンサードは全員が揃ったところで話を始める。

「その件についてアイロス様から提案があるそうです。」

「うむ・・・。」

 アイロスの言葉を聞き逃せまいと、全員が静まりかえる。

「・・・我々は一時、ファーレンと休戦協定を結ぶ・・・。」

 ・・・。

 静寂は続く・・・。

「どうしました?その件について、皆の意見を聞きたいと思ったのですが・・・。」

 ・・・。

「・・・アイロス様の提案に、我々が反対する通理はございません。しかし・・・。」

 やっと口を開いたのはアシュレイであった。

「なぜこの時期に?確かに我が軍は先ほどの戦いでピウム占領を失敗し、ダーファンとアセンズを失いました。

 しかし、我々の戦略的、戦術的、性能的優位はまだ揺らいではおりません。このまますぐにでもエディーネからフロス島へと侵略できるはずです。

 逆にファーレンも同じでしょう。これから反撃、という時期に、向こうが休戦交渉の席につくとは思えません。」

「それは・・・どうかしら?」

 その説に異を唱えたのはモニター上のステラであった。

「ファーレンには地の利があります。兵士だけではなく、全てのイーラの種族が我々に敵対するでしょう。それらをいちいち駆逐していくのは、こちらにも大きな損害が出るはずです。

 さらに現地調達、資源の発掘において、彼らは我々の上を行っているでしょう。同じ兵力、同じ損害ならば、彼らの方が回復は早いのです。」

「ならば尚更侵攻を早めなければ・・・。」

「だからその為の“パララクス計画”でしょう?」

「あっ・・・。」

 アシュレイはステラの言葉にハッと息を呑む。

「そうか・・・パララクス計画が発動されれば・・・地の利も、物資の調達も関係は無くなる・・・か。」

「ちょっとまて、何だよ、そのパララクス何とかって奴は?」

 勝手に納得しているアシュレイに向って、ダースはちょっとつっかかる。

「そうか・・・お前達は知らなかったな。これは、実行者でもあるステラに説明してもらおうか。」

「そうね。では説明しましょう。

 パララクス計画とは、簡単に説明すると、ダナリアの都にトレイリアの工業地帯を移転する計画よ。」

「トレイリア?」

「トレイリアとはフィネンス大陸にある工業地帯の名称よ。現在のMGの量産の拠点となっているの。」

 フィネンス人のアグリアスがそう説明を加える。

「それを・・・その地帯全体をそのままダナリアに移転する・・・それがパララクス計画よ。これでわざわざMGやMGのパーツをフィネンスから調達しなくても済むってわけね。」

「移転・・・つったって、すぐには無理だろ?」

「いや、すぐに・・・ですよ。その為に現在、次元移転の調整が行なわれているのですから。」

「だから・・・。」

 アイロスがダースとステラの話に入ってくる。

「休戦は、その計画が完遂するまでの時間稼ぎだと思ってもらっても構いません。」

「しかしアシュレイ殿の言う通り、ファーレンがそう易々と交渉に応じるとは思えませんが。」

「違うな、アグリアス。ファーレンは受けざるを得ないのだよ。我々には核がある。更に三王都をも手中に収めている。それらを人質にとられてまで、彼らは攻めてこんよ。」

「人質・・・。」

 ザンサードの言葉に、アグリアスはちょっと顔を曇らせる。

「大丈夫です。核は使いませんよ。それに今、ファーレンはダーファン攻略で戦力を大幅に疲弊しています。この休戦を戦力建て直しの絶好の機会と感じるのではないでしょうか。

 もちろん休戦とはいえ、こちらからの提案です。向こうがこちらの条件を易々と飲むとは思えません。逆に厳しい条件をつけてくる可能性もあります。

 だから・・・。」

 アイロスはアシュレイに視線を移す。

「何としてでも『アニムンサクシス』を撃墜とすのです。ファーレンの強気の理由はあの戦艦一隻のみ。いわば最後の砦・・・。あれがなくなれば彼らの切り札はなくなったも同然。その分、停戦協定は有利なものとなるでしょう。」

「ですればアイロス様!」

 これを機とばかり、アシュレイが発言する。

「どうか私どもにアニムンサクシス追撃の兵をお貸しください!必勝を鑑みれば、我々の戦力の増強こそが必須・・・。」

「いや、アニムンサクシスはアシュレイの残存艦隊で十分沈められる。信じていますよ。」

「しかし・・・お言葉ですが、アニムンサクシスは五年前、アイロス様が苦戦なさった英雄部隊の生き残りが多数乗艦している戦艦・・・。万全を期すには・・・。」

「その点は大丈夫ですよ、アシュレイ。」

「誰だ!」

 明らかに十黒天たちとは違う声が会議室に響いた。

 見れば会議室の扉が開いている。そこに茶色の髪を短くまとめた青年が、悠然と立っていた。その顔に、アシュレイは・・・いや、他の十黒天も驚きを隠せなかった。

「ライナス!“ライナス・コントラルド”かっ!?」

 蒼黒天・ライナス・コントラルド。

 五年前、アイロスの片腕として数々の情報収集を行なっていた騎士である。しかし、アライアンス降臨戦争においてミラによって撃墜。何とか死は免れたものの、アイロス達と共にフィネンスへは行くことはできなかったのである。

 しかし、彼はイーラに残った境遇を利用し、いつか生きて戻ってくるであろうアイロスを信じ、今日まで情報収集を続けていたのである。

「現在のアニムンサクシスは、五年前の戦いの頃からは大幅に戦力が低下しております。

 五年前、アイロス様を撃破した“シン・ウィンダート”は未だ再起不能の状態。アライアンスを消滅させた「真・デルタ」も現在はあの頃の強さを維持しておりませんし、何より、真・デルタの中心人物でもあった“ラゼン・ライエン”が現在行方不明。もちろん、ダース、“エンジェル・テンプリース”、“アーウィン・ブレイザー”の三人は彼らと袂を分かちましたし、新たに参入したレイフィールドの騎士たちも、まだ若い女性ばかり・・・。」

「しかし・・・天帝ロークの干渉が、必ず入るはず!五年前のように。」

「その件は・・・グラキア様が何とかするようです。神々のことは神々に任せよ・・・ということですか。」

 ザンサードが言葉を挟む。

「・・・ま、それでも皇都が従わない場合は、こちらも力づくで行くしかありませんが・・・。例えば皇女リンネ様の御子様、聞くところによれば、未知数の膨大な魔力を持っているとか・・・。」

「ザンサード、てめェ!マニに何かするつもりか!」

「・・・あくまでそういう選択肢もあるということですよ。ダース。」

「二人ともアイロス様の御前です。控えなさい。」

 シスフィーネが二人を牽制する。

「ライナス、今、アニムンサクシスはどこにいます?」

 アイロスの質問にライナスはすぐに答える。

「はい。現在アニムンサクシスはエンシャの大森林に潜んでいます。」

「やはりな・・・。ライナス、今、十黒天は九人になってしまっている。お前を再び蒼黒天として参加してもらう。」

「はい、謹んでお受けいたします。」

「アシュレイ、聞いての通りだ。すぐに出撃の用意を!」

「はっ!」

 アイロスは次々と命令を出す。

「ザンサード、お前は皇都に向かい、停戦の書簡を届けよ。

 文面は・・・そうだな・・・。」

 アイロスはフッと笑みを浮かべる。

「親睦のダンスパーティをダナリアで開きましょう、こちらはアーリス姫とトリー姫もご同行させます・・・とな。」

「わかりました・・・。」

「シスフィーネ、アニムンサクシスを沈める為に、私たちも出るぞ。」

「しかしアイロス様、『フォル・マーログ』は『イレイザー』周辺でなければ『歪曲フィールド』のマナ補給が受けられません。単機での御出撃は危険かと・・・。」

「当たらなければ、どうってことはない。」

 アイロスは既に席を立っていた。遅れてシスフィーネも従う。時間はもう、深夜といってよかった。

 

 突然の出撃命令に、各所が慌ただしく動いている中で、オッドアイとダースはザンサードを捕まえていた。

「何でしょうか?」

「聞かせてもらおうか?レィリィは・・・マイセンはどこにいる?」

「私は知りませんな。ほとんどマイセンに関しては、彼の思う通りにやらせていますから。」

「・・・いろんな処で良からぬことをやっているようじゃねェか。これも・・・アイロスの命令か?」

と、ダース。

「フン・・・ただ命令を聞くだけが臣下の仕事ではないわ。物事の先を読み、アイロスさまの手の届かない所を補佐する。それが側近の務めと言うものだ。」

「なるほど・・・つまりはアイロス様には秘密で動いているというわけか・・・。それは独断専行過ぎないか?チクっちまうぜ。」

「告げたければ告げるがいい。だがな、私はあくまでグラキア様のしもべ。アイロスはあくまでグラキア様の人形に過ぎん。そのことを・・・忘れるな・・・。」

「貴様ぁ!」

「まて、オッドアイ!」

 ダースが彼を抑え、キッとザンサードを睨む。

「てめェの目的は何だ?なぜ、これほど魔力の豊富な子供達を誘拐する?なぜ、アスカーリやマイセンを復活させ、世界を混沌に向わせる?」

「お前も薄々感づいているのではないか?」

「まさか・・・。」

「我らの目的はもちろん・・・魔王グラキア様の復活に他ならん!」

 

「こら、食事はちゃんとナイフとフォークで食べるようにと言ったではありませんか。」

 ベオウルフが、食事をしている女性の手の甲をペチンとムチで叩く。

「ううっ、別にバナナなんか手でむいて食べたっていいじゃない!」

 ベオウルフの部屋では、前回捕まってしまったリン・シャオメイが赤いドレスを身に纏い、必死に食事マナーの練習をしているところだった。

「ダメだ。君を、今度開催されるダナリアの舞踏会でお披露目しようとしているんだ。ちゃんとレディとして振舞って頂かないと。」

「舞踏会?」

「我々とファーレンとの親睦の為に開催されるそうだ。もちろんファーレンからも多くの王族が招待される。」

「じゃあ、ブレイクはくるかなぁ?」

「・・・どうでしょう?彼は神官といえども、れっきとしたファーレンの軍人です。さすがにパーティまでは来れないのではないでしょうか?

「むぅ・・・。」

「・・・それ以前に、もうここに来ているかもしれませんね・・・。」

「えっ!?」

 ガチャっと部屋の扉が開かれる。びくっとするリン。が、それは彼女の期待した人物ではなかった。

「どうしました、ベオウルフ?私をこの部屋に呼ぶなんて・・・。」

 扉の前には、ライナス・コントラルドが立っている。

「私の代わりにシスフィーネを護衛してもらえないだろうか?以前、アイロス様の妹君、フェリシア様(リオ・サージェル)付きの従者をしていた君になら、私の役目を任せられると思いましてね。私のMG『アムネジア』も貸しましょう。」

「別に私は構いませんが・・・自らの仕事を放棄してまで、一体何をしようというのですか?」

「しようというわけではありませんよ。待っているんです・・・。」

「待っている・・・?」

 ベオウルフはそれ以上話そうとはしなかった。

 

「ククク・・・素晴らしい・・・素晴らしいぞっ!」

 エディーネ城内、地下室に“マイセン・ルアンス”の研究所は作られていた。薄暗い研究室の中で、その彼は自分で作り上げた芸術品に酔っていた。

 大理石で造られたモノリスの柱に、美しい少女の下半身が埋まっている。その少女の身体には何本ものコードが繋げられており、そのコードは地下室全体に張り巡らされていた。

 少女は・・・ミスティ・レィリィはまだ目覚めていない。その目はじっかりと閉じたままだ・・・。

「この瞳が再び開いたとき・・・この都はレィリィの歌に包まれ・・・レィリィのものになる・・・ククク・・・ワハハハハハ・・・。」

 

「・・・城内で笑い声が聞こえるが・・・?」

薄暗い地下道を、ランタンの明かりがか細く照らし出す。歩きながら、“ゲルハルト・ミュンツァー”は通信端末を開いた。

「こちらはもうすぐだ。そちらの状況はどうだ。」

 エディーネ郊外に隠した彼のミスト、“偽の聖櫃”からMAIRA“アウシェフェルト”が応答する。

『“アニムンサクシス”が捕捉されたようですわ。駐留艦隊の大部分が移動を開始していましてよ。』

「…始まったか。まあいい、エディーネが手薄になってくれた方がこちらとしても助かる。」

 通信の向こうに、不機嫌そうな沈黙。仮面の青年は通信相手を宥めすかすように言葉を繋げた。

「アウシェ。たかだか1騎が今更加勢に行った処で、大勢が変わる訳もない。」

『…いいえ、負け戦なら、尚更っ!“鉄壁の守護者”と謳われた私達が…。』

「無理だ。」

 にべもなくゲルハルトは言い切った。

 以前相まみえた“マグナギート”から感じた巨大な威圧感を、彼は思い起こす。あの時、彼の勘と、この数年間で得た幾漠かの知識が彼自身に警告を与えていた。そして、最早己のミストでは力及ばない時代になりつつあると…思い知らされた。

 だからこうしてエディーネの城内に忍び込んだのである。

 数分後、ゲルハルトの目の前に厳重に封じられた扉が姿を現す。それを一通り眺め渡して、彼は一人呟いた。

「…予想以上に複雑だな。時間もない、力押しで行くか…。」

 そして、仮面の青年は呪文を詠唱し始めた。

 

「呼んでいる・・・?」

 エディーネの都にザート達と一緒に潜入したブレイクは、何かに導かれるようにエディーネ城近くの塔に歩いていく。

「おいおい、どこ行くんだよ!そっちは『決闘者(デュエリスト)の塔』だぞ。」

「デュエリスト・・・?」

「昔の騎士や貴族が、己の名誉や大事なものを賭けてあの塔の最上で戦ったんだってさ。」

「大事なもの・・・ですか・・・。なるほど・・・。」

 ブレイクは歩みを止めない。それどころか、早足になっている。

「勝手にしろ!俺たちはアジトにいるからな。」

 ザートはそう言ってブレイクから離れていく。

「来たか・・・。やはり来ると思っていましたよ・・・。」

 塔の前には、リンを連れたベオウルフが、じっと立ち続けていた。

「ブレイク!」

「リン!今助けます!」

 が、二人の間にベオウルフが立ちはだかる。

「私たちがここにいるということは・・・わかっていますよね。」

「・・・わかっています。」

「この決闘に勝った者が、彼女とエンゲージできる・・・。」

「ちょっ、ちょっとぉ・・・勝手に人を賞品扱いしないでよねっ!」

 ・・・とはいえ、リンが自分の境遇にちょっと酔っているように見えるのは気のせいだろうか・・・。

 

act.6「再びエンシャの大森林・深夜」

 アニムンサクシスの艦内は既に照明が落ちていた。

 まだ明かりのついているモニターの光から、二人の少女の顔がぼぉっと浮かんでいる。

 艦橋には今、二人の少女・・・“リーベライ・ルート”とリファ・アルフォリアしかいなかった。他は明日の作戦の為に、束の間の仮眠をとっている。

リファは怖くないの?」

 最初に沈黙を破ったのはリーベライだった。

「怖いわよ。それに、こんなトチ狂った作戦に乗っかってる自分が可笑しくて笑えてきちゃう。

・・・この作戦の結果、負けることはあっても勝つことは多分ないわ。けど、負けるつも
りはないのよね。自分でも滅茶苦茶言ってると思うけどさ。」

「だったら無理しなくても・・・。」

「大丈夫。何があっても、リーベライのことはあたしが守るから。」

「うん、ボクはリファを信じてる。だから、リファのことはボクが守るよ。」

「ええ、お願いね。」

「何だ・・・まだ起きていたのか?」

 ゲオルグも眠れないのであろうか、艦長室から艦橋へと戻って来た。

「あまり気を張るなよ。戦いはまだこれからなんだから。」

「それはお互い様。ゲオルグ、そんな思い詰めた顔をするものじゃないわ。決意なんてのは、そのときになって初めて見せるべきものよ?」

「ああ・・・そうだな・・・。」

「あれ・・・?」

 リーベライは、マナレーダーに不審な点がぽつんと浮かび上がったことに気がついた。いや、一つだけではない。二つ、三つ・・・。

「艦長!エディーネから大艦隊がこちらに向っています!」

「馬鹿な!もう向こうは動き始めたというのか!?」

「エンジン、起動するわよ。」

 リファが冷静に艦内に照明を灯す。

「ああ、頼む。リーベライはみんなを起こしてくれ。くっ・・・ここまで敵の補足が早いとは・・・。」

「ぐだぐだ言わないっ!発進するわ!」

「こっちは準備おっけーよっ!」

 通信モニターからウインターの笑顔が写る。

「いつでも出撃できるぜ!」

 バティックは既にミストをカタパルトに運んでいた。

「よし、出撃できる者から出撃!いいか、突っ込みすぎるな、無理はするなよ!」

 

act.7「フロス島」

「これか・・・。」

 ジオスは自分の目の前に置かれた刀、「幻燈・十六夜」を見つめる。ジオスがリンチュウに預けていた次元を切り裂く刀である。その切れ味は、代刀の「青牙」をはるかに上回る。

「・・・が、まだそれは完全には治っていない。今、その刀には護符が貼ってあるだろう?この護符から魔力を注入している。完全に治れば勝手にはがれるから、それまではあまりその刀に無理はかけるなよ。

 それから・・・。」

 リンチュウは奥から大きめな篭手を持ってくる。

「それからこれが、シリルの篭手だ。」

「わぁい。」

 シリルは喜んでその篭手を受け取る。

「つけていいですか?」

「ああ。それはお前の魔力を大幅に引き出す力を持っている。つけなければ、それはただの重い手袋でしかない。」

「はい。よいしょっと・・・。」

 彼女が両腕に篭手をつけた途端、その篭手がまばゆい光を放ち始める。

「これは・・・。」

「あーん、なんか光が止まらないよぉ!」

 ジオスとリンチュウは目を疑った。その光は膨張を続けている。その光が強大な魔力と質量を含んでいることは二人でなくともわかる。

「シリル!その篭手を早く外すんだ!」

「えっ・・・で、でも・・・。」

「くっ!」

 ジオスは返してもらったばかりの十六夜を振りぬくと、次元ごとシリルの篭手を斬った。ごろん、という音と共に篭手が二つに割れて落ち、光が消散した。

「すまんな・・・リンチュウ。せっかく造ってもらったのだが。」

「いや、私が彼女の魔力を甘く見ていたのがいけなかった。次こそは、もっと魔力を制御できるようなものを造って見せるさ。

 しかし・・・。」

「ああ、シリルの魔力・・・俺が思っていた以上だ・・・。これを制御できれば素晴らしいのだが・・・制御できなければ・・・自滅する・・・。

シリル!」

「はい。」

 ジオスはシリルを呼ぶと、十六夜で次元の狭間を作り出す。

「シリルはアニムンサクシスへ戻れ。」

「えー。」

「篭手は壊れてしまったんだ。だから戦闘にはまだ参加させない。この次元から戻れ。」

「・・・ジオス様が壊したくせに・・・。」

 シリルはぶつぶつ言いながらも、それでも渋々次元に消えていった。


「・・・さて、行くか。」

「ああ。」

 フロス島の南の海には・・・目指すべきエディーネの対岸が見えていた。

 

act.8「サングリラ山」

「お久しぶり、ちょっとだけアレ使うわね。1回だけ!いいでしょう?」

 明るい女性の声が神殿に響き渡る。

「突然何がやって来たかと思えばそなたか。相変わらず騒々しいな・・・。

 あれを取りに来たのか。何に使うつもりか知らぬが・・・よかろう、今のそなたならば大したことも出来まい。持って行くが良い。」

「相変わらずね、貴方も。なんかその台詞・・・腹立つ〜!(−−゛)

でもしょうがないわね。・・・それじゃあ、また後で返しに来るわ。」

「フッ、精々イーラを滅ぼされぬよう頑張ることだ。」

「オホホホホホホ、ちゃんと人間同士の闘争で勝ってやるわよ!」

「そう言う割には“そなた”が“こんなもの”を持ち出すのか?」

「クスクス・・・1回だけよ、サービスサービス

「やれやれ、さっさと行くがいい。もう戦いは始まっているようだぞ。」

「あ、そうだった、いけないいけない、それじゃあ!

・・・ケイサ、“ブリンク・スピリット”スタンバイOK?」

「はい、マスター、そのまま真っ直ぐお進み下さい、合流します。」

「さーて、派手に行くわよ、エディーネへ全速前進!」

「了解しました、マスター。」

「・・・ふん、あのようなオモチャ(ミスト)に頼らねばならぬとは・・・無様な。」

 

act.9「燃えるエンシャの大森林」

「いいか、アニムンサクシスは必ずこの森のどこかに潜んでいる!炙り出してでも探し出すのだ!」

 エンシャの森が燃えている。アシュレイの艦隊が次々と森に爆撃を行なっているからだ。眠りを妨げられた鳥達が次々と飛び立ち、翼を持たぬ動物達は、炎を逃れようと右往左往に逃げ回っている。

「艦長、レーダーに機影!アニムンサクシスです!!」

「ふん・・・自ら出てくるとは・・・。

 各機出撃!エディーネの借りを返すぞ!」

 

「ひどい・・・森の動物達に罪はないのに・・・。」

「ティエラ。その怒りは敵にぶつけろ。出るぞ!」

「はい、バティック様!」

 カタパルトにミストが並ぶ。

「バティック・ライツァ、『デルタEz−8』出るぞ!」

「ティエラ・スペクター、『スプリンター・ダッシュ』続きます!」

次々とミストが射出される。

「ヒューズ・メタル、『アバター・シュート』行きます!」

 ヒューズはカタパルトに立った時、嫌な気配を感じた。

「まさか・・・アイロスが・・・いる?」

 きゅっとヒューズが握るスロットに力がこもる。

「だったら・・・もう僕の故郷のようにはしたくない・・・。この森に・・・夜中の夜明けをさせてはいけないんだ!」

 深夜の撤退戦が・・・今始まる・・・。

 

つづく

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