甲高い笛の音が鳴り響く。蒸熱学園球技大会、サッカーの部決勝、2−AVS2−Dの試合は、いろんな思惑をごっちゃまぜにしていながらも、表面上は普通の試合になるはずであった。
この読参プラリアに参加するPCさん達が、普通の人達であったなら・・・ね。
須佐ノ女美琴(すさのめ・みこと)がボールをもって敵陣へ駆け込む。
「ほーっほっほ・・・来たわね須佐ノ女!さぁ勝負よ!!」
美琴の前に御角瞠(みかど・みはる)が立ちふさがる。が、彼女は美琴のフェイントにあっさりとかわされる。悪いけど美琴にとって、瞠は眼中には無いらしい。彼女が自分のライバルと認める人はただ一人。
「須佐ノ女、覚悟!二千年前の仇はここで果たせてもらうっ!」
「何をーっ、またボクが勝つんだもんっ!」
美琴に向かって八俣那巳(やまた・なみ)が突っ込んでくる。そのまま美琴にラリアットをかます那巳。
「八俣っ!今のわざとやったなーっ!」
「当たり前だろっ、これは戦いなんだから!」
「だったらボクだって!」
周りなど無視してポカポカ殴り合う二人。で、そんなことをやっていれば・・・。
「お前たち・・・神聖なグランドで何をやっている?」
一応審判をしている雅頼真冬(がらい・まふゆ)が、傷だらけの二人の間に入る。
「ふんっ、おばさんは黙っててよっ!」
その一言に真冬の眉がピクリと動く。ああ、この先は怖くて書けない・・・。
で、いろいろあって、とりあえずレッドカードを出された二人は、とっととフィールド外へ叩き出されたのであった。やれやれ・・・。
「よし、そこっ、あ、いや、だめだめ、そんな強引じゃいけないです。」
「・・・ヴェス、さっきから何妖しい声を出しているのだ?」
「ごめんなさい、私、フットボール見ると興奮してしまうんです。」
「そういえば、君の国独逸でもサッカーは盛んだったな・・・。」
グランドの外れで、独逸人留学生ヴェスチナ・オリトリンデと、独逸語教師で彼女の通訳でもある峠秀仁(とうげ・ひでひと)はじっと試合の成り行きを見つめていた。
理由は簡単、ヴェスは既に庭球の部で早々と優勝を決め、暇を持て余していたのであり(もちろんサッカー好きということもある)、秀仁に関して言えばサッカーよりもトトカルチョの方に関心があっての観戦である。賭けたのは2−Dの方。
とはいえ、彼はサッカーよりも野球の方が得意分野であって、調度デーゲームでやっているヤクルトVS巨人のラジオ放送の方が気になって仕方がないようだが。ちなみに峠のおじさんはヤクルトファン。
「うむ、やはり金にまかせた補強はいかんな。やはり大事なのは戦略とチームワークだ。」
「2−Aのことですか?そうですね。今の2−Dのオフサイドトラップ、相当息があってないと出来ないことです。」
「あ、ああ・・・。」 すっかりラジオの方に集中していて、試合を見てなかったなんてとても言えない。そんな中、また真冬審判の笛が鳴る。オフサイドである。
「あの『おふさいど』というのはどんなルールなんだ?」
「キーパーと、相手選手、一対一いけないんです。卑怯ですから。」
「卑怯?一対一こそ、正々堂々とした戦いなのではないか?」
「・・・。いいです。峠先生、ラジオ聞いててください。」
一人悩む秀仁を残して、ヴェスは選手達に声援を送っていた。
左サイドバックの東郷成美(とうごう・なるみ)が、オーバーラップして2−Aの陣地へと切り込んでいく。さすが陸上部の主将だけあって、瞬間的なダッシュ力は誰よりも速い。
「さぁ、散君!COOLに決めてよねっ!」
成美はゴールラインぎりぎりからマイナスのセンタリングを上げる。目標はくじ引きでセンターフォワードを手に入れた花紋散。ちなみに両チームも基本的にサッカーのユニフォームを着用しているけど、彼女・・・じゃなくて彼の場合、体操服にブルマー姿。何も知らない人が見たら、「おおっ!」とかおもうかもしれない。いや、もう既に御角(みかど)の義晴(よしはる)君はそう思ってるけど。
「いっけぇぇぇ!・・・あれ?」
ドンピシャのタイミングでボールの落下地点に駆け込んだ散だったが、いきなり足がもつれてその場でこける。さらにその後頭部を落下したボールが直撃した。
「うにゃん・・・!」
ボールはコロコロと2−Aゴールへと転がっていく。
「ううー、ぐるるるる!(あっ、ラッキー!)」
瞠側の真条校長からの第一の助っ人、『秤』(inch)がそのボールを取りにいく。二メートルを超える長身の彼は、その体格を生かしてゴールキーパーをしている。その能力は、今までの試合で瞠のチームが一点の失点もないことからもうかがえるだろう。しゃべれないけど。
「キーパーはん、あぶないどすえぇぇっ!」
そんな彼に、一人の少女がきゃーきゃー叫びながらタックルをかます。すっとばされる彼を尻目に、ボールはコロコロとゴールへ・・・。
「あなたっ!チームメイト同志で足を引っ張り合って、どうするつもりなのよっ!」
瞠がものすごい形相で、その少女−古御門凛(ふるみかど・りん)に詰め寄る。
「ううっ・・・瞠はん非道いどすぅ。うちはただ、キーパーはんにボールが当たったら痛うおもうてやったことなのにぃ・・・。ぐすんぐすん。」
もちろんウソ泣きだけど、周りの男共には多少効果があったようだった。今にも掴みかかろうとする瞠を男性陣が何とかなだめ、やっとゲームが再開した。
実は彼女、学園新聞の記事を書いているだけあって、裏の情報にかなり詳しかったりする。更に裏で、情報を売る便利屋もやっていたりして、結構やばい仕事もこなしているらしい。
今回もいち早く校長たちの陰謀の情報を手に入れ、「他人の陰謀がうまくいっちゃつまんない。こうなったら邪魔しちゃる!」の心意気で2−Aのチームに参加したのであった。もちろん今のはわざとである。
で、また真冬の笛が鳴る。
「あーなーたーねぇ!本気でやってんの!」
「そんなぁ、瞠はん、うちはただ足でボール蹴るよりも、手で持って走ったほうが早いと思っただけどすにぃ・・・。しくしく・・・。」
・・・やっぱ天然かもしれない・・・。
「くっ、まさかあんなまぬけな点の取られ方をするとは・・・。よし、須恵村教頭、第二作戦にはいるぞ。」
「はい、真条校長。」
校長室で試合の様子をうかがっていた真条校長は、そう言って歯噛みする。
「クックックッ・・・なかなか思いどおりにはいかないようですねぇ。」
突然校長室の扉を開け、派手な服装の男が入ってくる。明智四郎時貞(あけちしろう・ときさだ)、三年の学年主任であり、倫理の教師。更に生活指導の顧問でもある。ただ、生活指導の教師自身が天草四郎のコスプレ(?)しているのだから、この学校の風紀ももってしかりである。
「明智先生、なんですか!?勝手に校長室に入ってくるとは。」
「そんなことを言ってよいのですかな?学校で賭けをするだけでなく、勝ち負けまで操作しているなんてことが、もしばれれでもしたら・・・。」
「な、なんですと!?」
「まぁ教頭先生、落ちつきなさい。・・・で、一体何が望みです?」
いきり立つ須恵村を真条が抑える。
「さすが校長先生、話が早い。ならば私もその計画に加えてもらいましょうか。まず、その第二作戦というのを聞かせていただきましょう。」
「なんでしょうか・・・?これ。まぁ、私には興味がないことです。サッカーなんて・・・。」
神楽崎神奈(かぐらざき・かんな)は、覚めた口調で廊下の隅で拾った紙をゴミ箱に捨てる。西洋文化嫌いの彼女にとって、野球やサッカー、バスケなどの西洋スポーツが並ぶ球技大会は苦痛でしかない。しかしそれ以上に彼女は、この大会の裏で進んでいるある陰謀を阻止しようと必死で、とても球技大会どころではなかったのだが。
「今何と言いました?その紙にはサッカーのことが書いてあるのですか!?」
調度その場を通りかかった古文教師、鈴原白龍(すずはら・はくりゅう)はそう叫んで彼女の捨てたゴミ箱をあさる。
白龍には古文教師の他にもう一つの顔がある。
そうそれが「極秘教育委員会」の偵察員。コードネームは「プラズマストーカー」。彼の使命は最近不穏な動きをする校長、および教頭の素行調査である。もちろん場合によっては粛清も辞さない。それが「極秘教育委員会」が「極秘教育委員会」たるゆえんである。
くしゃくしゃに丸められた紙を白龍は広げる。
そんな見出しがでており、その下に両チームの詳細なデータがつらつらと書かれていた。「裏」の学園新聞である。
「ふふふ・・・。見つけたぞ。陰謀の証拠を!」
「そうです、この球技大会には悪しき陰謀が計画されています!」
神奈が呼応したように声を上げる。ちなみに彼女、文化祭での「ミス蒸熱学園」のクイーンであり、本人は気にしていないものの、男子生徒達には「高嶺の花」と思われており、何か近寄りがたい雰囲気をかもしだしているらしかった。
「おお、君もこの陰謀に感づいていたのか!?」
「もちろんですわ。この球技大会の混乱に生じて、闇の魔王が復活を果たそうとしています。ここはゴーストスイーパーとしての私の出番。さぁ、今ならまだ間に合います。一緒に魔王復活を阻止しましょうっ!・・・って白龍先生、どこにいってしまったのー?」
彼女が熱弁を振るっている間に、白龍は既にその場を去っていってしまっていた。
「こうなったら、私ひとりだけでも魔王を倒しますわっ!」
確かに、彼女には違う意味で近寄りがたいかもしれない・・・。
「八俣、勝負だーっ!」
校庭の片隅で、なぜか(?)ボロボロの美琴と那巳が対峙している。
「とりあえず少し休もうぜ。さっきゲームでしか見たことないマーシャルアーツってのを食らったんだからさ。体の節々が痛くてたまりゃーしない。さすがに“バーンナッコー”ってのはなかったけど。」
「だめだめっ、これで決着だよっ。ねぇ、ポンちゃん?」
美琴の後ろから、大っきな酒樽を担いだアクア・ポンがやってくる。その顔には「何であたしがこんなことを・・・。」という表情がありありと浮かんでみえる。ま、惚れた(?)弱みだ。仕方がない。
「これでキミを酔わしてボクの勝利さっ!」
なーんか酒場で女を口説く男のセリフみたいだが、美琴にとっては二千年前の神話の再現をねらっているらしい。
「飲み比べか、おもしろい。」
なぜかこうしていつの間にか、酒の席が設けられたのであった。おいおい、お前ら未成年だろが。
舞台を試合会場に戻そう。
「ん?」
成美は何か固いものを足の裏で踏んづけたような気がした。が、その瞬間、
という爆発音とともに、彼女は吹っ飛ばされる。
「OH!ジーザス!」
その言葉を残して彼女は空の彼方へ・・・。
「ああ、成美さんは星になってしまったんだね・・・。」
「そういう問題じゃないだろ・・・。」
2−Dチームのベンチで、マネージャー兼、作戦係をしている夏目由希(なつめ・ゆうき)の言葉に、思わずツッコミを入れる控え選手の桜今日香(さくら・きょうか)。
「とにかくフィールドに地雷が仕掛けてあるとなれば、大幅な作戦の変更が考えられるね。」
そう言って由希は自分のノートに何か書き込みをする。
「それ以前に、地雷を撤去するほうが先だとおもうけどなぁ・・・。」
「今日香さん。」
由希は今日香の言葉など全く聞いていない。
「成美さんに代わって左サイドバックをやって欲しいんだ。大丈夫、キミはボクたちのチームの秘密兵器。スーパーサブってやつさ。」
「ええっ!?私出るのぉ?」
今日香は露骨に嫌な顔をした。
試合を見ていた秀仁はいきなり立ち上がる。
「サッカーとはつまり、爆発するスポーツなのだな。なんと熱い競技なのだ!」
「峠先生、野球、終わったのならそこに寝てて下さい。試合、終わったら起こします。」
半分呆れた口調でヴェスは言葉を返した。
今の爆発を職員室で見ていた春川鮎里(はるかわ・あゆり)はそうほくそ笑む。一見普通の英語教師だが、その性格は狂気の固まり。地雷をフィールド内に設置したのも彼女である。
「これで魔王様の復活も早まるわ。フフッ。」
そう、彼女の目的は、球技大会によって学園に集中する欲望と、混乱に乗じて、かつて勇者によって倒されたぐれいとな魔王を復活させることなのだ。おおっ、神奈の危惧は本当のことだったのだ!誰も信じないと思うけど。
その頃サッカー場では一筋の衝撃が走っていた。真条校長の第二の作戦が発動されたからである。
「ああっ、あの人は『太陽』(sun)さん!」
由希が驚きの声を上げる。
「知っているのか?」
今日香はあまり興味なさげに返事を返す。
「知ってるも何も、あの人は中等部時代、蒸熱中学をサッカーで全国大会に導いたストライカーだよ。高校では軽音楽部に入っちゃったけど。」
皆の注目を浴びて、一人の男がフィールドの外に現れる。確かにそのキンキラした服装はパンクそのものだし、服に着いてるちくちくは、タックルしたら痛そうだな、と感じるものだ。
「HEY YOU!バリバリだっぜぃ!」
本編と性格が違うようだけど、それは気にしない。彼は昔の勘を戻すため、ボールを蹴って体をあたためる。
「見て、あのリフティング。まるでボールを手足のように扱っているよ。この人は要注意だっ!」
由希はまたノートに何か書き込んでいる。
軽く汗を流した『太陽』は、悠々とフィールドの中に入って来た。で、
またフィールド内で地雷の爆発が起きる。『太陽』、戦線離脱・・・。
「すごいや。嵐のように現れて、風のように去っていく。さすが音速の貴公子。」
「由希、頭・・・大丈夫か・・・?」
「今日香さん・・・。」
「ん?」
「早く左サイドバックに入って下さいよ。」
「嫌だ。」
白龍は証拠の紙を持って校長室へと走っていく。
その廊下の途中で、彼の前に一人の少年が立ちはだかった。
「君は、確か中等部の四位蒼珠(しい・そうじゅ)君・・・だったかな。そこをどいてくれないか。」
中等部で、いつも優秀な成績を残す優等生だ。白龍も名前ぐらいは知っている。
「残念だけどそれはできないよ。ご主人様がトトカルチョで2−Aに賭けているからね。その邪魔はさせない。」
蒼珠は懐から長針を取り出す。この人、本気だ。
「ふっ、そっちがその気なら・・・。」
白龍の顔がマジになる。おいおい、二人ともコメディなんだから・・・。
「そうじゃ、我が輩の目の黒いうちはシリアスなんぞさせん!」
「電助先生、それ以前にあなたの目はカラーコンタクトではござらぬか?」
「おお、そうじゃ。これは電助、一生の不覚!」
突然現れたのは、白龍と同じく古文を担当している教師、六甲電助(ろっこう・でんすけ)と、その遠い親戚の六甲真助(ろっこう・しんすけ)。
真助は日本史の教師をやっていて、そのためか(?)いつも忍者の格好をしている。この学校に風紀というものはないらしい。そういえば明日香も凛もチャイナ服だし。・・・話を戻そう。
「・・・。白龍先生、この人達の友達?」
蒼珠が白い目で白龍を見る。
「し、知らないな・・・。」
「何を言うか白龍先生、我々は『極秘教育委員会』の同志ではござらぬか。」
そう、彼らもこの学校の悪事を正すため派遣された「極秘教育委員会」の一員なのだ。ちなみにコードネームは電助が「片足棺おけ」、真助が「電光石火」。
「あなた方とは一緒に思われたくない・・・。」
白龍は小さくつぶやいた。
ケイ・マーヴェロードが、2−Dゴール前でセンタリングを上げる。
「これで同点よっ!」
瞠がそのボールに追いつこうとする。けど、途中で息が上がってボールまで足が届かない。ボールはてんてんとゴールラインの外へ。
「ケイ!もっとゆっくりパスしなさいよっ!」
瞠がずかずかとケイのもとへ歩いていく。
「ええー、でもぉ、これ以上ゆっくりしたらすぐ敵にとられてしまいますよぉ。」
「あら、あなた、私のボディガードのくせに反論する気?」
「いえぇ、そんなことないですよぉ。ただぁ、あれくらいで疲れてしまうのはぁ、最近体重が増えてきたからじゃあないですかぁ・・・?」
最近気にしていることをはっきりと指摘され、彼女を抑えていた感情の糸がぷつりと切れる。
「ケイーっ!!」
思わずケイに掴みかかろうとする瞠。が、長い笛の音が彼女を正気に戻す。前半終了である。
「不愉快だわ・・・。」
瞠は軽く息をつくと、ひとり校舎の方へ歩きはじめる。
「あれぇ、瞠さん?どこ行くんですかぁ?」
ケイも後からついてくる。
「保健室よ。さっき膝すりむいてしまったから。私はケイと違ってデリケートなの。」
「ならぁ、私もお供しますよぉ。」
瞠はキッとケイをにらむ。
「いいから、一人にさせて頂戴っ!」
「は、はぁ・・・。」
彼女の気迫に押されるケイ。一人ぽつんと校舎へ歩いていく瞠を見送りながら、ケイはつぶやく。
「でもぉ、瞠さんの身にぃ、何も起きなければいいんだけどぉ・・・。」
「やれやれ、結局2−Dは一点も入れられないまま前半を終わってしまいましたな。」
明智は皮肉っぽく真条校長に話しかける。
「まだまだ、我等には多くの作戦が残っているさ。今度は保健の村正先生にも協力してもらう。」
「なに?あの変人と呼ばれる先生ですか?」
真条の言葉に、明智は眉をひそめた。
「いや、変人のレベルでいえば明智先生も同レベルだと思うが・・・。」
須恵村の独り言を無視して明智が言葉を続ける。
「まあいいでしょう。私も見ているだけではつまりません。多少は手を貸しましょう。」
「そうだな。今度は私自ら作戦に参加しよう。」
真条が不敵な笑みを浮かべて席を立った。
校長室の隣の応接間で、一人の少女−姫咲静流(ひめさき・しずる)が壁にびたっと耳をつけて彼らの話を聞いていた。
彼女、この球技大会の実行委員なのだが、この大会の準備中、良からぬ噂を聞きつけ、探偵倶楽部部長としての血が騒いだ。早速聞き込みや尾行、盗聴を駆使して遂にこのトトカルチョ疑惑の真実を突き止めたのであった。
「こんな面白いこと、先生達だけにやらしておくのはもったいないわ!・・・じゃなくて、これは事件よっ!」
すぐさま彼女は部屋を飛び出すと、サッカーグラウンドの方へ一目散に走っていった。
「ちょっとー、誰かいないのー?」
瞠が保健室の扉を開ける。
「クックックッ・・・待ってましたよ・・・。」
「げ・・・な、何で明智先生がこんな所に?」
瞠は思いっきり嫌な顔を見せる。なぜって、彼はその立場を利用して、女生徒にコナをかけているから。実際たべられた女生徒も何人かいるらしい。思わず身構える瞠。
「そんな怖い顔をすることもないでしょう。もうすぐ村正も戻ってきますよ。私はその間の留守番です。それよりも・・・。」
明智は瞠を見つめる。
「え・・・?なに・・・?」
「そなた、サッカーの試合で相当苦戦しておるようだな。」
「ふん、あなたには関係ないことでしょ。」
「・・・その試合、勝ちたくはないか?」
「・・・え?」
突然明智は立ち上がり、手を耳にあてる。
「聞こえるだろう?お前の魂が本当に諦めていなければ・・・世界の果てを駆けめぐる・・・この音が聞こえるはずだ・・・。」
激しい車のエンジン音が瞠の耳を刺激する。
「な、何なのこの音は!?」
「さあ、ここからはそなたの出番だ!村正!」
明智の声に呼ばれるように保険医、村正省吾(むらまさ・しょうご)が彼女の前に立って胸をはだける。
「さあ、我等とともに・・・いざなおう、君が望む世界へ!」
ガシャン!
保健室の窓ガラスを突き破って、一台のオープンカーが入ってくる。
「私が手助けをしてあげよう。」
その車には真条校長が乗っていた。
「あのぅ、私後半戦があるんですけど・・・。」
車の後部座席で瞠は心配そうに声を出す。隣には村正保険医。前では真条校長自らが運転をしている。明智は他に用事があり、この場にはいない。
「まだ時間はあるんだ、ゆっくりしましょう。」
村正が瞠に語りかける。車は果てし無い一本道を駆け抜けている。
「あなた・・・校長先生でしょ?先生が生徒たちの催しに干渉していいの?」
真条は笑みを浮かべるだけで何も言わない。代わって村正が返事を返す。
「我々には我々の理由で、君のチームに勝ってもらいたいと思っている。あなたも勝ちたいのでしょう?この試合に。」
「も、もちろんよ。お兄様の見ている前で無様な試合など見せたくはないもの。」
「でしたら、私の研究に協力して頂きたい。」
瞠は覚悟を決めたように村正を睨む。
「・・・わかったわ。今回はあなた方の手のひらの上で踊ってあげる。勝てるのなら。」
「・・・フッ、契約成立のようだな・・・。」
初めて真条が口を開いた。
「フフッ、世界の果てを見せてあげよう。君にも・・・。」
突然彼は車の運転を放棄すると、ボンネットの上に座り、胸をはだけた。長い髪が風に揺れる。車は長い一本道を走りつづけていた・・・。
真風シン(まかぜ・ー)が黙々とハーフタイム中のグラウンドを整備していた。用務員の彼は、球技大会中はグラウンドキーパーとして、地雷騒動で荒れたグラウンドをローラーで平らにしているのである。既に何度も地雷の爆発に巻き込まれたけれど、それでもめげない肉体と精神力を持つ彼は、ある意味用務員の鑑といえた。
「ふぅ・・・。」
シンは軽く息をついて汗をぬぐう。と、上空からヒュルルルル・・・という音が聞こえてくる。思わず上を見上げた途端、
彼は空から降ってきた物体に、ものの見事に潰されてしまっていた。
「シャラップ!私はそんなに重くないよっ!」
そう彼女−東郷成美は遠い空から戻ってきたのであった。
突然電助が蒼珠君に抱きつく。
「うわぁ、何するんだっ!」
電助は彼の耳元に口を近づけ、念仏のような説得を囁きつづける。
「さあ、我が輩達と共にいい学校を作りましょう。いい学校にしましょう。もっとすばらしい学校を作ろう。皆が楽しめる学校を・・・。」
「白龍殿、今のうちでござる。電助殿が説得している間に早く校長室へ!」
真助がそう白龍にうながす。
「すまない、二人とも。」
白龍は三人を尻目に階段を上がっていく。
「こら!放すんだっ!」
蒼珠は手に持った長針で、未だ耳元で説得し続ける電助の脳天をプスッと突き刺す。
「きゅう・・・。」
さっきまでスッポンのようにくっついて離れなかった電助も、さすがに今の一撃でその場に崩れ落ちる。
「ぜいぜい・・・僕の体に触れることが許されるのは御主人様だけだ。・・・で、次はそっちのおじさんかい?」
蒼珠がじろりと真助を睨む。
「ぬぬっ、さすがにやるでござるな。ならば拙者も覚悟を完了させるでござる。」
真助が上半身裸になって、ぐっと身構える。
「くらえ、火遁の術!」
ポーンという軽い爆発音の後、もくもくと白い煙が真助を包む。
「ではさらばっ。また会おうでござる。」
その言葉を残して、真助は煙のなかに姿を消していった。
「なんだよ、全然覚悟完了なんてしてないじゃないか・・・。」
蒼珠は全身から力が抜けていくのがわかった・・・。
「みなさーん、お弁当ですよーっ!」
料理部部員ながら、剣道部の助っ人、桜明日香(さくら・あすか)が持ちきれないほどのお弁当を抱えて2−Dのベンチへやってくる。ちなみに彼女、普段も調理中も剣道着である。この学校の風紀はうんぬん・・・もういい。調度前半終了時が正午だったため、彼らはハーフタイムを利用して昼食をとろうとしてるわけ。もちろん彼らに、食後の激しい運動を懸念するような頭は持っていない。
「姉上、ありがとうっ!」
弁当に手を伸ばす今日香の手を、明日香は素早く払う。
「今日香さん、あなた試合に出たがらないそうじゃないですか。試合に貢献しない人にお弁当を食べる権利はありません。」
「そ、そんな・・・。」
皆がお弁当を食べてる姿を、指をくわえて見つめる今日香。さすがに見かねた明日香は、そっと今日香に耳打ちする。
「さっきね、私のお弁当作りを邪魔する奴が現れたの。もちろんすぐ竹刀ですっとばしたんだけど、どうやら影で2−Dを負けさせようとする企みがあるらしいの。・・・でね・・・。」
姉の囁く作戦に、妹は笑顔で賛同した。
「あれ、みんなどうしたの?」
2−Aのベンチに顔を出した静流は、深刻に落ち込む選手達を見てこくりと首をかしげる。
「私達のお弁当がぁ、どなたかしらに全部食べられてしまったんですぅ。」
ケイに連れられて、静流は現場を検証する。そこには十何個かのお弁当箱が、空になって置いてあった。
「む、この食い跡からして犯人は一人に違いないわ。でも、たった一人でこんな短時間に何十食ものお弁当を食べられるものかしら・・・?」
静流は腕を組んで考える。
「せっかくぅ、凛さんが全員のお弁当作ってくれましたのにねぇ。」
「そうどすぅ。うちが心を込めて作ったカエルの干物とトカゲのおひたしとニシキヘビの活き作りのお弁当、皆に食べてもらいたかったのにぃ。」
凛が寂しそうにつぶやく。
「・・・。それは、逆に誰かに食べられててよかったのかも・・・。」
「そんなぁ、静流はん非道いどすぅ。うちはただ皆はんに精力をつけてもらいたいと思っただけどすのにぃ。ぐしゅぐしゅ・・・。」
そう、彼女はいつでも本気なのだ。
「姉上ーっ、作戦遂行してきたよーっ。」
今日香が満足そうな顔をして姉のもとへやって来る。
「どお、2−Aのお弁当はおいしかった。」
「うん、なかなかだったよ。特にカエルなんか鶏肉っぽくてよかったなぁ。」
「・・・そ、そう・・・よかったわね・・・。」
彼女に好き嫌いというものはないらしい・・・っていうか、あの料理を何十人分も食べてしまうあたり、味覚と胃袋の限界自体ないのかもしれない。それでいて太らないのだからいい体質である。
「そこの美しい二人のお嬢さん、少しよろしいでしょうか?」
そんな二人に声をかける青年の姿があった。
「はいはい、もうなくなっちゃったものに未練残してもしょうがないわよ。さっさとお弁当のことは忘れて後半に向けて作戦会議よ。」
もちろん選手たちはゲテモノ料理なお弁当に未練はない。今の静流の言葉は、ひとり悲しんでいる凛に向かって言った言葉である。
「あらぁ、でもなんで静流さんが作戦会議なんてするのぉ?」
「わからないの、ケイさん?私が2−Aの助っ人に入るからに決まってるでしょ。けが人多くて人数足りなさそうだし。」
そう言って偉そうに胸を張る横で、まだグラウンドを整備しているシンが再び地雷を踏んで吹っ飛ばされる。
「・・・。北斗、姫祭北斗(ひめまつり・ほくと)はどこーっ?」
今の爆発を見た静流は、大急ぎで幼なじみの中学生、姫祭北斗を呼ぶ。
「はっはっはっ、困った人がいればすぐに現れる、学園特警スターセブン、ここに参上!」
そう叫んだ少年が、なぜか校庭の朝礼台の上でポーズを決めている。
「はいはい、キメのポーズはいいからこっちに来て来て。」
「ん?なになに?」
「北斗、あなた私の代わりに助っ人として、この試合に出てくれない?」
「え、でも何で静流が出ないの?」
「うっ・・・そ、それは私足けがしちゃって走れないの・・・。こんな困ってる人を助けるのが正義の味方の役割ではなくって?」
静流の最後の言葉に、北斗の姿勢がシャキーンとなる。
「もちろんさ!このスターセブン、困ってる人は必ず助けるのだ!」
というわけで、後半に向けて準備運動を元気良く始める北斗。でもまだ彼は知らない。このサツカーグラウンドが、地雷と陰謀に満ちたでんじゃあぞーんであることに・・・。
「お嬢さん、あなたがフィールドを走る姿はまるで天使のようだ。僕にはまぶしすぎる。この出会いはもう、運命としか言いようがありません!」
御角義晴がハーフタイムの隙をついて2−Dのベンチへやって来ていた。なぜか身体中にぶたれたり、蹴られた跡があるけれど、それはさっき桜姉妹に声をかけた後だからである。あえて結果は・・・聞かない。で、今度は体操服で走り回る散にターゲットを変えたわけだ。
「あのさ・・・。」
散は突然Tシャツを脱ぎだす。
「わっ、君、なにをするんです!?」
上半身裸になった散が、ぽつりとつぶやく。
「ぼく・・・男の子なんだけど・・・。」
散は目の前で石化していく義晴をじっと見つめていた・・・。
「那巳ぃー、まだまだボクは平気らろ・・・。」
「平気って言ってる酔っぱらいが一番危ないんだよ。まったく・・・。」
校庭の片隅、紅葉の木の下で美琴は酔っぱらいながら、2−Dを陽気に応援している。横では那巳が黙々とポンの酌で酒を飲んでいた。八俣一族は二千年前の敗北からの教訓で、小さいころから酒には強くなるよう特訓されるのである。彼女も例外ではなく、もうすでに酒樽の酒は底までいってしまっている。そういう意味では彼女は名前通り「うわばみ」と言って構わないだろう。
「あ、キャプテン、こんなとこにいたの?」
由希が彼女たちの所へやって来る。「なんか、明智先生が保健室まで呼んでるみたいだよ。那巳ちゃんもね。」
「うにゃ?にゃんの用かにゃあ・・・?」
美琴がふらふらしながら保健室へと歩いていく。那巳もその後からついていった。
「さてと・・・。」
厄介な荷物二つを何とか片づけたポンは、一回大きく伸びをすると、学校の屋上に目を向けた。
彼女の出番はこれからだ。
保健室のベッドに座り、明智は笑みを浮かべながら彼女たちがやって来るのを待っている。
彼の作戦はこうである。これから来る女生徒達に成績や内申書のことで脅迫し、彼女たちの身体と、2−Dを負けさす提案の強要。つまり、賭け金ももらえるし、女生徒の身体も楽しめるという一石二鳥を狙ったわけである。
「クックックッ、所詮団結力など実にもろい砂上の楼閣にすぎん。ほころびを一つ入れるだけでたちまち崩れさってしまうのだよ。フフフ、アハハハハハハ・・・。」
「やりましたわ、お姉様!ついに完成です!」
「ああ、ウチはこれを『轟』と名付けたいんや、どうや?」
「すばらしきねーみんぐせんすですわ。この『轟』こそ、勝利のカギですわっ!」
なんの勝利のカギかはわからないが、ここ発明部の部室では丸山琥梨、花梨(まるやま・こりん、かりん)姉妹がなんかでっかい大砲みたいなのを作っていた。いや、実際大砲なのだが、そんなものを一介の生徒が作れるのか?などとは考えないこと。
「じゃ、とりあえず『轟』の試射といくで。」
「ええ。」と言ってもう一度「轟」を見た花梨は大声を上げる。
「大変ですわ!『轟』が誰かに盗まれてしまいましたぁ!」
「なにぃっっっっ!」
見れば、完成後置いてあった机に「轟」があとかたもなく、消えてしまっている。
こうして彼女たちの大発明は、完成後三秒でなくなってしまったのであった。
「うみゅー、何の用かにゃ?」
最初に美琴が明智に声をかける。保健室に呼ばれたのは9人。美琴、那巳に由希、凛とケイに成美。明日香、今日香姉妹と最後になぜか散という陣営である。ただ、ケイと成美、桜姉妹は遅れてくるとのことらしい。
「なんと、この女生徒は飲酒をしているではありませんか?チームのキャプテンがこれでは、彼女をキャプテンにしたチームの責任は重大ですな。とにかく彼女は退学、チームの者もただでは済まないでしょう。ただし・・・。」
美琴は酔っているせいか、明智の話を他人事のようにポカンとして聞いていた。
「そなたらがこの美しい私に心も身体も捧げるのであれば、この件の処分、小さくする旨を校長に・・・うげっ!」
またも最初に明智に殴り掛かったのは美琴。
「な、何をする!?」
「だーれが小さい胸だってぇー?」
やばい、彼女の目が座っている。こうなると美琴に見境はない。今度は倒れている明智の胸ぐらを掴んで首をガクガクさせる。
「わ、私は別にそなたの胸が小さいなどとは一言も・・・。」
「また言ったなーっ!」
と、今度は美琴が手を出す前に、スパコーンっという威勢のいい音が鳴る。凛がどこからともなく取り出したハリセン(本人いわく、「芸人のたしなみ」だそうだ。)で明智をしばき倒したからである。顔は笑顔だけど、眉間にしわが寄っている所を見ると、彼女もやはりそのことを気にしているらしい。
「どうしたんだい?何かにぎやかじゃないか?」
遅れてきた成美が、事の事情を由希に聞く。
「・・・でね、・・・が、・・・なんですよ。」
「何だって!?あいつは巨乳、爆乳女が好きだって?この女の敵がっ!」
すでに話があさっての方向に進んでしまっているけど、もはや修正はきかない。成美のひざ蹴りが明智にとどめをさす。
「ねぇねぇ、そろそろ後半が始まりますよ。」
明日香と今日香も保健室に顔を出す。
「そうだ、早く後半戦の対策を練らなきゃ。」
由希を先頭に、みんなが部屋を出ていく。
「でも、一体何の用だったんだ?」
そんな那巳の疑問は解けることはなかった。
だってその明智本人が、その場で気絶してしまっているのだから・・・。
「あ、瞠さんおかえりなさい。でもぉ、何でケガの手当てをしに行ったのに、もっと傷が増えてるんですかぁ?」
ケイは傷だらけの瞠を不思議そうな顔で見る。
「うっさいわねぇ。これは校長が手放し運転なんかするから車が壁にぶつかって・・・まぁいいわ。後半、勝ちにいくわよ。」
「なんか瞠さん、目つきが違うんですけどぉ。」
そう、彼女は村正によって強化催眠を受けているのだ。その威力は後半で発揮されるであろう。
「つまり、石井はな、古田のリードによって本領を発揮するのであって・・・。」
「は、はあ・・・。」
義晴は秀仁の話を延々と聞かされている。ヴェスに声を掛けたのが、彼の運のつきであった。将を射るならまず馬からと、下手に秀仁に話を合わせてしまったため、彼のヤクルト話に付き合わされるはめになってしまったのである。自業自得といえばその通りなのだが。
そんな彼らを差し置いて、後半戦が始まる。
形勢は逆転していた。強化催眠を受けた瞠の動きはすばらしく、ひとりでも敵陣深くへ切り込んでいく。ケイのアシストからのシュートで、後半開始二十分、ついに2−Aが逆転。2−1となっている。ちなみにもう一点は散の自殺点。ちなみに北斗君は後半開始早々、地雷を踏んで戦線離脱しています。果して、勝負の行方は!?
「よう、白龍、なんか忙しそうやないか。」
校長室に向かう白龍の前に、厚い眼鏡をかけた白衣の女性が立ちはだかる。
「誰かと思えば・・・ふん、谷内静枝(たにうち・しずえ)か。」
「何や、そんな殺気だった目をして。仕事と私生活はきっぱりと区別するんがあんさんのポリシーやないのか?」
彼女は普段、ひとのいい化学教師である。が、その知識を利用して、裏ではポイズン、トラップなどを駆使した始末屋で、過去白龍ともやりあったらしい。どうもこの学園、裏の家業の人が多すぎる。みんな、公務員はアルバイト禁止だぞ。
「今は教師として、校長を粛清に行くのだ。邪魔はしないでもらいたい。」
「なんや水臭いなぁ、ならウチも一緒についていってやるわ。」
「君はただ、この状況を楽しみたいだけだろ。」
「もちろん、その通り。」
人通りの少ない体育館の裏庭で、鮎里は巨大な魔方陣を描いていた。もちろんぐれいとな魔王を復活させるためである。
「ウフフ・・・みんな壊れてしまえばいいのよ・・・。」
「そんなことはさせんっ!」
突然元気な声とともに、シャキーンと一人の青年がポーズを決めて参上する。ちなみに学園特警スターセブンではない。
「ある時は消防士、またある時は体育教師、そしてその実態は、正義の勇者ジャスティーレッド!ここに参上!!」
「あら、これはこれは南一風(みなみ・いっぷう)先生。一体どうしました?」
「違う!俺は南一風などではない。ジャスティーレッドだ。魔王を復活させようという貴様の陰謀、この俺が叩きつぶす!」
「そうよ、貴方の思い通りにはさせません!」
神奈も邪の気配に勘づいて、ここにきていた。すでに巫女の装束を身にまとっていて、先頭準備はO.Kだ。
「残念ね、もう手遅れよ。魔王様はもう復活してしまいましたわ。ホホホホホ・・・。」
彼女の笑い声に合わせるかのように、魔方陣が光りだす。そこから巨大な顔がゆっくりと現れる。 魔王の、復活・・・。
白龍が勢いよく校長室の扉を開けた。中には傷だらけの真条校長と村正が、須恵村に手当てをしてもらっている。
「まったく、調子に乗って手放し運転なんかするからですよ。おや、白龍先生、どうしました?」
そう聞く須恵村の前に、白龍はさっきの学園新聞を叩きつける。
「これはどういう意味なのですか?」
「何々、これはサッカーくじのオッズのようですな。それがどうかしましたか?」
「とぼけないでもらいたい。あなたがたが、この一件に関与していることは既にわかっているのです。素直に白状してください。」
「ほぅ、で、証拠はあるのですかな。その紙だけではトトカルチョがあったというだけで、私達が関与したという理由にはなりませんよ。」
真条はあくまで冷静に対応する。
「証拠はあるのじゃ!」
ドタドタとけたたましい足音を上げて、電助と真助が校長室に入ってくる。
「電助殿、貴方は先程脳天に針を刺されたのでは?」
白龍の疑問を電助は笑って吹き飛ばす。
「何、そんなもの気合で何とかなるものじゃ。」
「はぁ、気合ですか・・・。」
「そんなことよりも電助殿、早く証拠の品を取り出すでござる。」
真助が話を戻す。
「おお、そうじゃった。校長殿、これを見なされ。あなたの机からこっそり抜き取ったものじゃ。」
電助の取り出した紙には、2−Aを勝たせるための作戦が綿密に書かれてあった。
「どうです?これでも白を切るでござるか?」
窮地に立たされた真条の顔が歪む。はたして真条はこのまま粛清されてしまうのか・・・?
「ふっふっふっ、ここまで出番が遅れたんだから、最後の美味しい所は全部頂いちゃうよ!」
屋上から保健室を眺める少女が一人、八俣薙(やまた・なぎ)で、那巳の姉である。彼女の右手にはでっかい大砲が置いてある。もちろん丸山姉妹からくすねた「轟」で、狙いは保健室。そこには気絶している明智の他に、酔って寝ている美琴もいるのだ。こんなチャンス滅多にない。
「あいつにこの、サテライトキャノンをぶちこんでやるんだっ!」
勝手に大砲に名前をつけている薙。
「月は出ているか?」
出ていない。それでも彼女はトリガーを引く。
「あったれーっ!!」
「させるかーっ!」
物陰に隠れていたポンが、薙に激しくぶつかる。彼女は狙撃の得意な薙が、絶対屋上から美琴を狙うと予想して、ここで待ち伏せていたのだ。
彼女のタックルによって、光弾は保健室から逸れていく。
「お姉様、あの光は『轟』の光弾ですわ。」
「どうやらあれは成功品だったようやな。」
琥梨が信じられないという顔をする。どうやら彼女の発明を一番信用していなかったのは、彼女自身らしい。
逸れた光弾は、校長室を貫き、体育館をぶち壊して、体育館裏の復活したての魔王の額にぶちあたった。
「うごごごごごっ・・・!!」
結構痛かったらしい。そのまま魔王は消滅する。
「ああ、魔王さまっ!」
鮎里が悲鳴を上げる。そして喜ぶ二人。
「やったわ。私達の勝利です!」
「ああ、正義はやっぱり勝つんだ!」
結局二人は何もしてないのだが、ま、それは言うまい。
また一方で喜びの歓声が上がる。
真冬の笛が試合の終了を告げる。結果は2−1のまま、瞠チームの優勝である。
「やったわお兄様!瞠は優勝いたしましたっ!」
瞠が兄、雅春のもとへ駆け寄っていく。強化催眠は試合終了と同時に解けるようになっているので、今の瞠はいつもの彼女だ。
「うん、ずっと見ていたよ。やったね、瞠。」
雅春が瞠をぎゅっと抱きしめる。完全に二人の世界に入ってしまっている。なお、その後ろのグラウンドでは、半数以上の選手が地雷を踏んで、死屍累々としているのだが、やっぱりそれも言わないほうがよいのだろう。
そしてここでも喜びの声が。
「はっ、これで証拠は無くなったようですな。」
サテライトキャノンの直撃を受けた校長室では、それによって証拠の品が全て消失してしまったのである。そして試合の結果は2−Aの勝利、真条にとっては正に願ったり叶ったりであった。ま、それ以前にあの直撃を食らってそこにいた全員が生きていることのほうが幸運に違いないのだが、それもまた言わない約束。
「あの、校長、お喜びの最中に申し訳ないのですが・・・。」
須恵村がおもむろに口をはさむ。
「今壊れた校長室と体育館の修繕費が、かなりの額になりそうなのです・・・。」
真条の顔から血の気が引く。
「それは、トトカルチョの収益金でなんとかならないのか・・・?」
「無理です。完全な大赤字です。」
「そ、そんな馬鹿なーっっっっ!!!」
真条の声が赤い夕空にこだまする。こうして彼の野望は露と消えたのであった・・・。